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水源カエデさん五行歌集『承認欲求』(市井社)

 こんにちは。南野薔子です。
 水源カエデさんの第二五行歌集『承認欲求』の感想です。カエデさんは栢瑚の水源純さんのご子息でもあります。
 
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 私は早熟の才能というものに憧れているのだが、それは憧れで終わることが決定している、だから若いうちから才能を発揮している人を見るとうらやましい、という話はすでに以前山崎光さんの五行歌集『宇宙人観察日記』(市井社)の感想を書かせていただいた時にも書いているのだが、今回もそれでうらやましくてじたばたしたことは云うまでもない。ましてや19歳にして第二歌集である。14歳で第一歌集、19歳で第二歌集、しかも今回は完全セルフプロデュース。うらやましい。じたばた。
 これは四代にわたって五行歌人というカエデさんの血筋、特にカエデさんは母の胎内にいたときから五行歌漬け(?)だったかと思うし五行歌というものが当たり前にある中で育ち、いわば五行歌ネイティヴみたいなものだから、ということが影響しているのだろうと、はたからは思ったりもするのだが、しかしご本人はそういうふうに捉えられることは好まれないだろうなという気もする。実際、家族など周りの人が何かにどっぷりな環境にいたとしても子どもがそれをやはり好むかどうかはその子それぞれのことだし、また才能を発揮するかどうかもその子次第であろう。カエデさんは少なくともどこかの時点で、この五行歌という形態を自分の表現の器として選び取り、磨いてきたのだ。
 
 ものすごく雑にまとめると、第一歌集の『一ヶ月反抗期』が自我を確立するまで、第二歌集の『承認欲求』が、その確立した自我が世界との関わりでどういう反応を見せるか、ということだと思う。
 「承認欲求」というタイトルがいさぎよい。この言葉はだいたい世間ではあまり好意的な文脈で使われることはないし、あとがきを読んでも作者はこの言葉自体に好感を持っているわけではない。が、このインパクトのある言葉をタイトルに打ち出してくる、そのこと自体が作者の自我と世界との関わりの象徴であるという感じがする。
 この本の背骨となっているのは「他に代わりがいない存在としての自分を認められたい」という願いだと感じる。そしてそれは「自分らしく正直にありたい」という願いと一体のものだ。
 
 皆が歩いてる道で
 称賛されたくない
 舗装して裸足で歩いて
 評価されたい
 分かるか?
 
 授業で詩を書いたときに
 先生に言われた
 「ミスチルみたいな詩を書くね」
 代わりがいる程度の
 自分は未熟
 
 変わってる自分が
 嫌いだった
 非凡という
 言葉に出会って
 好きになった
 
 生まれ変わっても
 自分になりたいか?
 もちろん。
 ただ
 人には勧めない
 
 ただ、そうは云っても、なかなか正直なままいられない世の中でもある。そういう屈折を歌った歌もいい。
 
 あれもこれも
 NGな面接
 もう
 全部ウソ
 言ったほうが早い
 
 いつも楽しそうだね
 それは
 楽しそうに
 見せてるだけで
 現実はそうでもないよ
 
 14歳にして歌集を出すなど、そこまでですでにある種の自己イメージを確立してしまったことに対する屈折のようなものも見える。
 
 あの頃のままの
 自分を
 期待されても
 正直
 限界がある
 
 公園で
 うまい棒を炙って
 火遊びしてた
 あの頃の自分は
 もういない
 
 他にも、かなりシビアに自分のことを描いている歌も多く目につくが、それだけ自己にシビアになれる目は、外の世界にも向けられる。それは別々のことでなく、表裏一体なのだと思う。
 
 同級生に刃物を向けられても
 揉み消されても
 何も言わないのは
 無数の大人に既に
 未遂でやられ続けてる
 
 素直に謝れない
 分からないと言えない
 大人にだけは
 なりたくないと
 立場ある方たちをみて思う
 
 「目を覚まして!」
 「気づいて!」
 「怒りで震えが…」
 「涙が止まらない」
 浅はかな人の決めゼリフ
 
 「生涯を自分自身であるという一事に賭けてしまった人の姿がここにある」という言葉を思い出す。大岡昇平が中原中也について述べた言葉だ。詩歌など表現に携わる人はおそらく誰も皆、どこかしら「自分自身であること」に賭けている。ただ中原中也ほど、そのことに一心に賭けた人というのは稀だということだと思う。中也も自分自身に正直であろうとし、また世間に毒づいた。『承認欲求』を読んでこのことを思い出したのは「自分自身であるという一事に賭ける」その度合いが似ていると感じたということだと思う。
 だからといってもちろん「中也のような作品を書く、つまり代わりの存在がいる」ということではない。カエデさんはカエデさんなのである。
 
 「自我」と「自我と世界との関わり」がメインの歌集だが、その自虐性(?)でついほんのり笑ってしまうような歌もあるのもいい。
 
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 この歌集を出したこと、得られる反応で、さて「承認欲求」は満たされるのか? それともそれはさらなる高い次元の承認欲求へとカエデさんを駆り立てるだろうか。
 
 小学校の学芸会では
 セリフが1つの
 役をずっと選んでたのに
 今は主役をしたくて
 仕方がない
 
 これからも水源カエデという主役を「承認欲求」全開で、堂々と演じていってほしいと願う。
 他にも紹介したくなってしまう歌が目白押しだ。19歳の総セルフプロデュース五行歌集、ぜひ、多くの方に読んでもらいたい。第一歌集『一ヶ月反抗期』も併せて読むこともおすすめしたい。
 
 五行歌関係者には、なぜか、関与の度合いはさまざまだが、写真を撮ることを愛好している人が多いように思う。その中でも水源カエデさんは「筋金入り」だ。表紙、裏表紙、章ごとの扉ページに使われた写真すべてに見応えがある。こちらもぜひ味わっていただきたい。

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