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【小説】神社の娘(第26話 唐揚げからカツカレーに変更ーバケモノ対策課、秋田犬退治編)

 今日は朝から妖物だらけである。

 感知器課長は続々と感知してしまう妖物センサーに辟易している。彼によると、一回の感知で唐揚げ定食1食分のカロリーを消費している感覚だという。今日は何食消費したか。感知するごとに、部下たちに連絡し、もう今日は本当に足りないわ、と隣の課に応援を要請する。

 これまで、妖物駆除は1日に一件くらいのものだった。これが毎日になったらと考えると、たまったものではない。土日は退職した感知能力者、自身の父親に依頼して休めたが、平日はフル稼働だ。夜に現れないのがまだ救いである。

 弁当を食べ終えた瞬間にも、感知してしまった。課には誰もいない。
 タイミングよく、課長代理の桔梗と向日葵が帰って来た。

「五分で食って行ってくれない?」

 桔梗と向日葵が向かった先に居たのは、秋田犬風の妖物が2匹だった。爪が異常に発達し、口がなかった。葵と同様の有術をもつ桔梗が日本刀を構える。

「ほんと、バケモノだわ」

 身軽な向日葵が犬をひきつけ、後ろから桔梗が挟み込む。あまり頭の良くない妖物のようで、目の前の向日葵しか見えていない。周りの木をうまく使い、うねうねと走らせ、距離を詰めさせないよう誘導する。

 大木の前でぱっととまると、犬たちが向日葵めがけて飛びかかってくる。ギリギリのところで、向日葵は両手をひっくり返した。一匹はうまく倒れてくれたのだが、もう一匹は倒れそうなところを半回転して元に戻り、そのまま降りて発達した爪を向日葵に向けてきた。

 桔梗が倒れたほうの犬を青緑色の閃光とともに八つ裂きにし、向日葵の方へ駆けつける。あと少しで犬の間合いというところで、犬は向日葵の肩を作業着ごと、ざっし、と切り裂いた。

 肩からどくどくと血を流しながらも、傷口を手で押さえることはせず、向日葵はまた走り始めた。追いかけてきた犬の鼻に思い切り水平蹴りを食らわせる。一瞬立ち止まる程度のダメージではあったが、その隙を狙って体をひっくり返すことができた。

 桔梗が倒れた犬を思い切り踏みつけ、日本刀でめったやったら刺しに刺す。犬はどろどろに溶けていった。

「すごい出血じゃない!ちょっと待って」

 桔梗は向日葵のリュックから応急箱をとりだし、患部にガーゼをあて、さらに上から三角巾でしばった。

「…ありがとうございます」
「歩ける?ごめんね、私じゃ男の人みたいに運べなくて…」
「すんません、無駄にでかくて…」

 痛みに耐えながらゆっくり歩く。桔梗も向日葵の肩を抑えながら、歩みを合わせる。

「つらいよね、ちょっと待って、唐揚げに電話してみる」
「いや、かちょーに来てもらっても…」
「治療できる人をここに呼んでもらうとかさ」
「あー、なるほど…」

 向日葵は痛みと出血で頭が回らなくなってきている。本当に自分は妖物相手には役立たずだなあ、と最近、毎日実感してしまう。
 意識が遠のく中、考える。

 葵は私とのが仕事しやすいなんて言ってるけど、こんな弱いやつパートナーにしたい意味がわからない。本当に意味が分からない。話しやすいだけでしょ。公私混同だよ。いつもいつも、いちいち子供なんだから…。

「なんで出ないのよ、あの唐揚げ定食!ごめん、車までもう少し…」
「向日葵!!」

 声の主は葵だった。ケガを負った向日葵を認め、葵は駆け寄ってくる。が、それよりも素早く彼女に辿り着いた者がいた。

「ひまちゃーん!!」

 向日葵の兄、樹だった。

「げっやば、あにきいい」

 アメフト体型の樹は、軽々と妹を担ぎ上げ、さっさと運んで行ってしまった。

「ちょっと樹ちゃん!!」
「病院に!行って!きます!!ひまちゃん、死なないで~!!」

 周りの草木を破壊するかのごとく、樹は向日葵を抱えて走っていった。それを呆然とみているしかない三宮二人だった。

「えっと、この辺で仕事だったの?」
「あ、はい。ここから400mくらいあっちのほうで」
「…近くに二人がいてよかったわ。私じゃ運べないし…私の有術がもっと強ければなあ。葵みたいに一発で仕留められてたら、間に合ったんだけど…」
「大丈夫かな向日葵…」
「樹ちゃんが連れてったからまあ。ひどい出血ではあったけど、幸い診療所近いしね。あ、確か今日からだっけ?青葉君の勤務」

 彼が絶対聞きたくない単語。

 葵はらわたが煮えくりかえってくるが、上司の手前、何とか抑えた。先日は抑えきれずに向日葵に当たってしまったし、ぶっ叩かれたしで散々だった。今不機嫌になっても、ぶっ叩いて、さらに受け入れてもくれるパートナーは不在だ。

「そう、らしいですね…。とりあえず役場、帰りますか」
「うん、そ…」

 帰ろうとしたその時、桔梗の電話が鳴った。〈唐揚げ〉からだった。

「はい桔梗です」
『桔梗ちゃん?電話してくれたみたいだけど、仕事終わったってことだよね。じゃあさ次の仕事行ってくれる?はあ、今日さ、唐揚げっていうかもうあれ、カツカレー大盛100皿消費。ちょっと強そうなんだけど平気かな~女子二人で』
「…葵と頑張ります…」
『ん?葵クン?』

 次の場所を聞いて桔梗は即、電話を切った。

「唐揚げって登録してるんですか…」
「仕事は有能だけど、それ以外がムカつくから。特にあの腹。画面に〈二宮公英〉とか〈課長〉って出るの、嫌なの。名前を〈唐揚げ〉にすることで私は人間、奴は肉であるという優越感を感じ、課長の顔を唐揚げにすることで、心の中の聴衆の笑いものにしているの。小さい人間なのよ私は」

 俺も、変なあだ名で登録されているんだろうか。そして裏で桔梗はこんな風に…。
 いやそれよりも、向日葵は無事だろうか。
 彼女のことを心配しつつも、次の現場へ向かうしかなかった。

 村唯一の医療機関、三宮診療所。有術関係のケガは裏口から訪問することになっており、一般の患者とは分けられている。

 樹は泣きそうな顔で診療所の裏口に駆け込み、「早く!せんせえ!いもおと死んじゃうからあ!」と叫ぶ。意識はうっすらある向日葵は、これだから嫌いなんだよお!と言いたいけれど、動かない体では兄に反抗できなかった。

 ほどなく、裏の診察室に青葉がやってきた。看護師に向日葵の上着を脱がせるよう指示し、傷口を確認する。

「結構深くやられたね。じゃあ治療するから」

 幹部に手を当て、有術を込める。1分ほどで傷口はキレイさっぱり消えてしまった。他の箇所にもケガはないか、と青葉は念のため、反対の肩や腕、足なども調べる。傷は肩だけのようだ。

 血の跡は残ってしまっているので、それを看護師が拭く。これで治療は終了だ。

「ありがとうございます、青葉先生」
「いやー、向日葵ちゃんに先生って呼ばれるの恥ずかしいなあ。治せるのは傷だけで、体力は戻ってないからさ、辛かったら、もう家に帰って休んだほうが良いよ。職場行ってもいいけど、無理しないでね」
「わーよかったネ、ひまちゃん!青葉ちゃんありがとう!それにしても、ほんとにお医者様になったんだ~ドクターの青葉ちゃんかっこいいね~あ、久しぶり~!」
「久しぶり樹ちゃん。有術の治療は医療行為じゃないけどね。まあ、風邪とかさ、そういう時でも気軽にきてね、向日葵ちゃん」

 青葉は人当たり良く、優しそうな表情を向日葵に向ける。葵から裏の顔を聞いている向日葵だが、いつも見事なさわやかスマイルで、向日葵はいつも、本当にそんな悪い人なの?と疑問に思ってしまうほどだった。

「はい。今日はありがとうございました」

 お家かえろ~、いや報告するから職場行くわ、と言い合う兄妹の背中を見ながら、やっぱり向日葵ちゃんはスタイルがいいな、とほれぼれする青葉だった。


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