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【小説】神社の娘(第27話 冷然な桜)

 少しでも役に立ちたいと、橘平は躰道を始めることに。自分でも自主練習をするなどして、平日は過ぎていった。

 そうした中での水曜の夜。つまり、桜と葵が史料調査をすると約束した日。
 その約束は果たされなかった。有術者全員がその夜、お伝え様の拝殿横にある会館に集められたからだ。
会館は普段、地元の人たちの各種慶事や行事などに利用されているもの。青葉のように理由があって外で働く人や外の学校に通う大学生などは参加できないが、それ以外の、村に住む高校生以上の者たちが集まった。
 有術者は環境部の職員だけではない。もし子供たちに危害が及んだら、と教員の中にもいるし、消防署、その他にもいる。剣術等の稽古も全員がそろうわけではない。普段さまざまな職に就く有術者たちが一堂に会することは、かなり珍しいことだった。そもそも、集まる必要もいままでなかったからだが。
 現場をよく知る村役場の環境部が中心となって、今、村で起こっている妖物の現状を解説する。今後の対策については野生動物対策課の二宮課長が説明した。

「高齢の方やお体の具合の悪い方は、この現状を知ってもらうだけで構いません。ただ、もし、引退された方でも『支ふ』能力ならばお手伝いできるという方、ぜひ、ご協力を願いたい!特に私の補助求む!」

 この一言には環境部職員一同、「余計なことを」とぴりついた。

「『攻む』に関しては、高校生以上の若者にお手伝い願おうと思っています。まだ妖物と出会ったことがないだろうから、近々、実際出現したら現場を見て、感じて、そのうち戦ってもらいたい」
最後に、あらためて封印の歴史と守る意義を、お伝え様の宮司で一宮家当主の吉野が説いた。

 この村が悪神を封印しているからこそ、この世は平穏である。
 私たちがこの世を守っている。
 この事態の原因を解明し、この世の平和を保つ。
 私たちの尊い使命に誇りをもって、この状況を乗り越えましょう。

 桜はこの会合のすべてを冷ややかに見守っていた。これは自身の行動が招いた結果かもしれないが、また封印し直すしか考えられない、この場の人間たち。全員の目を覚ますには「なゐ」を消滅させるしかないのか。
 会合が終わったのは22時少し前だった。桜が会館を出たところで、葵が声をかけた。

「桜さん、今日は」
「もう遅いから、今度にしよう。とりあえず今週は私一人でできるとこまで読んでみる。また八神家で」

 柏の耳に「八神」という単語が聞こえた気がした。柏は声の方にさっと振り返ると、桜と葵が話していた。
 一宮の跡取りが八神?
 確か橘平は小さい誰かを抱えていた。桜は同年代女子の中では小柄だ。しかし、一宮の箱入り娘で村の同年代と付き合いの薄い彼女が、八神家の息子を知っているとも思えない。聞き間違いだろうか。
 どうしても気になった柏は、桜に尋ねようとしたが、それをどこかの大人に遮られてしまった。

「桜ちゃん、久しぶり」

 人当たりが良く爽やかで、悪いことなどしなさそうなスマイル。桜も笑顔で答える。

「青葉さん!お久しぶりです。お元気そうで。診療所での勤務が始まったと伺っておりますが、お忙しいでしょうか」
「うん、思っていた以上に。昔は有術を使う機会なんてあまりなかったのに、今は毎日だよ。かなり疲れるね。でも、葵のような『攻む』人の方が体力も精神力も使うんだろうな」
「いえ、『支ふ』も『攻む』もどちらがより、というのはございません。同等です。特に治療は精神力以外にも、いろいろ気を使うかと思いますし。いつも有術者の方を助けていただき、一宮の者として感謝しています」

 ポケットに入れていた桜のスマホがブブ、と振動した。〈八神橘平〉からメッセージが入った。

「すいません、ではまた今度、お話いたしましょう。お休みなさいませ」

 桜が早足で去ったと同時に、葵も兄の側を離れようとしたが呼び止められた。

「ねえねえ、葵!いやあ、すっごくかわいくなったねえ桜ちゃん。一年前と表情が全然違う。ぱっと明るい感じで。どうしたのかな?何か知ってる?好きな子でもいるのかな。いやあすごくいい」
「女子高だし、それに」
「わかってる、それに女子でもいいじゃない。俺ら跡継ぎ連中は結婚相手決められちゃうんだから、それまで楽しまなきゃね。その後も」

 コイツと話すことは「人生の無駄」としか思えなくなってきた葵は、無視して去ってしまった。つまらんなあ、と青葉の次のターゲットを探す。帰ろうとしていた向日葵とそれを追いかける樹を目に止めた。

「向日葵ちゃん、ケガの具合はどう?」
「ああ、青葉さん。先日はどうも。おかげさまで元気です!」
「ちょっとでも異常があったらすぐ診療所来てね。うちでもいいけど」

 じゃあね、と青葉は向日葵の肩をぽんぽんと叩いて、樹と話し始めた。さっきの肩の触れ方に、若干の気持ち悪さを感じた向日葵だった。

〈今日、葵さんと史料解読の日だよね?何かわかった?〉
〈ううん、用事が入ってできなかったの。あ、そのこと今度話すから〉
〈うん、わかった〉
〈寝る前に一人でちょっとだけ読む!〉
〈明日も学校でしょ?無理しないで!〉
〈無理してないよ~〉
〈俺あした、躰道行く!〉
〈始めるんだね!すごい!いつか覗きに行くね。スパイごっこ2〉
〈恥ずかしいからやめ!ってか誰と?〉
〈ひとり?〉
〈それつまんないよ絶対。だから来なくてよし!また一緒にいこ!〉
〈そうだね!どこがいいかな~?〉

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