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【小説】神社の娘(第28話 休日出勤、振替はなし)

 八神家の蔵。残りの段ボール。出てきたのはケースに入ったプラモデルだった。

 予想通りだった橘平と、がっかりした3人ではあったが、どれもが見事に美しく、みな見惚れていた。

「プラモデルってこんなに…美しいものなの…?」
「いや、別次元だろこれ。このロボアニメ子供のころ見てたけど、テレビから出てきたような、いやそれ以上」
「うわあ、今にも発進しそうな戦艦ねえ!マジ人が乗ってそう!」

 なんだかんだと、祖父の作品を褒められて、孫としては悪い気はしなかった。当たり前に見ていたが、祖父の技術は素晴らしいものなのだ。

 それと、父の模型折り紙、伯父の木工作品も出てきた。すべて、素晴らしい出来だ。

「え、これ売り物じゃね?これにご飯盛り付けたらオイシソ~」
「持っていっていいっすよ」
「いいの?!」

 使わないからここにあるし、ということで、向日葵は気に入った木工食器をもらっていくことにした。葵に、どこで使うんだ?と聞かれた向日葵は、自分ち以外あるの?と答えた。
 夕飯作っていかないのかよ、と葵は聞こえないような小さな声で呟いていた。

 橘平の部屋に戻り、桜は水曜の会合について橘平に話した。葵も、最近の仕事について語る。事態は少しずつ悪くなっているという。

「毎日毎日、妖物がわんさか出てくるわけじゃないんだ。ムラはある。けどまあ、毎日出るな」

「そうなんだよね~報告書めんどくさくて…ついに休日出勤シフト組まれてさ。いつヤツが出るか分かんないから職場待機。いちおー今週ないけど、来週土日あるんだわ~つら。それで振休なしとか感知器マジ最悪。いや、感知器の上か、決めてるの」

「全部は読んでないけど、やっぱりまもりさんに関する記述はなさそうだしなあ」
「むー、じいちゃんに聞くか!」

 少年以外の3人はぴた、と静止した。

 あ、そっか。

 橘平が話を聞いたことがあるということは、より、まもりと年代の近い祖父のほうが、情報を持っているに違いないのだ。やはり、自分たちで調べる癖がついてしまっている3人は、誰かに尋ねることを忘れてしまっている。

「あ、でも今日明日は無理で。ばあちゃんの親戚の法事でいないから。今度…」
「じゃあプラモデル!プラモデル教えてもらいながら聞きましょうよ!」
「あ、そうだ、それがあった!いい口実!」
「うええ、いいな楽しそ…ライシュウ?わたしシゴト…」
「俺も来週の土日は来れないんだよな」
「え、じゃあ桜ちゃん、一人で八神家くるの!?」

 あ。桜は「忘れてた」という言葉がぴったりな顔をしていた。

「そっか…え、どうしよう…」
「葵、何の用事あんのよう」
「シフト表見ろ」

 向日葵が課内用のスケジュールアプリを開くと、土日のシフトに「葵(攻)・向日葵(支)」と割り振られていた。

 向日葵はつい「おかしい」と口にしていた。この間確認した時は係長の名が書かれていたはずなのだ。

「交代してほしいって言われた」

 ううう、と桜が小さく唸る。今だって、一人でバイクを駆ってきているはずだ。一人で来ることの何がまずいのか。橘平は理由を尋ねた。

「ええと、何が問題なの?一人で来ることの」
「…あのね、私、一人で男の人と会っちゃいけないの。葵兄さんは保護者みたいなものだから例外で」

 ここでもまた、箱入り娘の断片が見られた。会う人間にも制限があるとは。

「だ、黙ってればバレないんじゃないの?」
「そうだとは思うけど、ほら、昼間って夜と違って結構人の目があるから…よく見てるんだよね、村の人って。前にお母さんが、疲れて道端に車を止めてそのまま寝ちゃって。それくらいでさ、うちに連絡くるんだ。奥さんこんなことしてたけど、一宮家として恥ずかしくないの、なんて」

 お伝え様は村の中で一番エライ家、尊敬するべき対象。そう幼少から言われて育った橘平は、その裏側を垣間見て、言葉にはできない違和感を覚えた。そうして縛られたうえで、尊敬されるお伝え様って何なんだろうと。

「ああ、そう、親戚のおじさんも例外…おじさん…そうだ!おじさんだ!橘平さんじゃなくて、おじさん、そう、おじい様に会いに来たことにすればいいんだわ!」
「どゆことよ?」
「うちの人が言ってるのってさ、若い人と1対1で会っちゃいけないってことでしょ。おじいさんならいいじゃない!手先が器用な八神のおじい様に工作を教えてもらう。これで解決したわ!美術の課題とかなんとか」

 これでいいの?と橘平は目をぱちくりさせた。深刻そうなわりに、あっさり解決してしまった。

 まあそれでいいのなら、いいか。来週、桜さんが来てくれるのなら。と、桜の解釈をかみ砕いた。

 それとは別に、橘平はさきほどの「シフト」を聞いたときに、思うことがあった。葵と向日葵の休日出勤に付き合えないか、ということだ。

 妖物を見たのは一度きり、あの巨大な怪物だけだ。普段、彼らが相手をする通常の妖物も見ておきたかった。平日に彼らの仕事を見学することは不可能だが、土日であれば可能かもしれない。

「あの、来週の土日、一日は桜さんとじいちゃんに会うとして、もう一日。お二人の仕事に同行させてもらえませんか?普段の妖物との闘いってどういうものか、知りたいんです。お願いします!」

 向日葵は口をちょこんと突き出し、「どうする?」目線だけ葵に向ける。葵も視線を返す。

「危ないっちゃ危ないけど、アオがいりゃすぐ討伐できるから大丈夫じゃない?」
「…まあ、いいんじゃないか。あのデカブツと対峙して生きてたわけだし。必ず出るとは保証できないけど」
「ありがとうございます!!」

 妖物。これから自分が出会うかもしれない、悪神の影響で出現しているらしいバケモノ。

 彼らのことを知り、何もできない自分が何ができるか考えたい。
 自分の身を守りながら、桜も守りたい。
 家に伝わるお守りの秘密を解き明かさねばならない。
 まもりのこともだ。

 やるべきことが山積みで、これから訪れる春休みは忙しくなりそうだった。


「あ、そうだ、最近父さん、なぜかアクセサリー作りにはまってて。細かい作業好きなんでしょうーね。もともと、母さんにプレゼントするために作り始めたからか、女性ものを作ってるんですよ。あげる人いなくてたまってるから、欲しければ帰りに持っていってください。結構キレイっすよ!」

 女性陣の目がキラキラし始めた。アクセサリー!?見たい!!では待ってて、と橘平は父の部屋を訪ねて行った。

 しばらくすると幸次が箱をもって橘平の部屋へやって来た。

 箱の中には見事なハンドメイドアクセサリーが並んでいた。想像以上の出来ときらめきだ。興味のない葵ですら、これはすごい、と零す。

「ええええ!?これ、全部、八神課長が作ったんですかあ!?デパートに売ってるレベルじゃないですかこれ!!」

 向日葵は雷でも落ちたのか、というほどの驚きの声をあげる。が、その驚きも納得のできなのだ。

「あ、実際に某高級ブランドのデザイン丸パクリしてるんだ。いわば海賊品だよねえ。これみて」

 と、幸次はプリントアウトしたデザイン元の画像を見せる。
 見分けがつかないほど酷似していた。出品したら捕まるかもしれない。

「あの、本当にこれ、いただいてもいいのでしょうか」
「どうぞどうぞ。作っても母や妻以外にプレゼントする人がいなくてさ。気に入ってもらえたならいくらでも」
「ええ、じゃあ…かちょー、このペンダントいいですかあ?」

 向日葵が選んだのは、小粒のダイヤモンド風のペンダントトップがついたデザイン。シンプルで普段使いのしやすいものだ。

「いいよ。ちょっとかして」

 と、幸次はペンダントにエンドパーツとして小さな丸いチャームのような物をとりつけた。

「何つけたんですか~?」
「一応、俺が作った印。ブランドロゴ」

 そのロゴは八神家のお守り模様だった。
 彼も八神家の人間であったのだ。橘平は思い切って、父に聞いてみた。

「父さんはさ、そのお守りについてなんて聞いてる?じいちゃんとかから」
「ん?事故が起きないとか、成績あがるとか、あと悪いお化けから身を守れるって聞いてるけど」

 悪いお化け。それは悪霊「なゐ」や妖物のことではないだろうか。一同が同じことを考えていた。

「ほ、他には。あとその、まもりさん、とか」
「これ以上聞いたことないし、まもりさんねえ、かわいそうな人としか。すっごい手先が器用だったとか。そんなもんだよ。なんで?」
「あ、いや、じいちゃんがなんか話してたなあって。ちょっと気になっただけ」
「あ、そ」

 桜もいくつかアクセサリーを選び、幸次ブランドのロゴを付けてもらった。

 裸で持ってくのはな、と幸次は部屋から小さい紙袋を持ってきた。

「橘平、なんか絵でも描いてさ、ここにアクセサリーいれてあげて。あと、俺のブランドロゴも入れてね」

 へいへい、と橘平はサインペンの細字の方で、小さな袋の表にそれぞれ「さくら」と「ひまわり」のイラストを描いていく。その鮮やかな手腕と迷いない筆運びに、3人はくぎ付けになった。まるで本物の花が、その袋に映されたようだった。

 そして袋の裏面には、八神のお守りも添えて。桜さんは来週も学校がめっちゃ楽しいように、向日葵さんは安全に仕事ができますように、と唱えながら橘平は描いた。

 桜は「こんなに素晴らしいものをいただけて、とても嬉しいです!」とあらん限りの感謝とアクセサリー以上のきらぴかオーラを幸次に送った。この純粋な喜びは幸次の心に沁み込み、さらに涙腺も破壊させたようで、大粒の涙が流れだした。

「こ、こんなに喜んでもらえ、ぶえええ。良い娘さんだああああ」

 周りがびっくりして、幸次の泣き止むのをしばらく待ったのであった。

 父親の大泣き姿を初めて見た息子は3人よりももっと驚き、お茶を持って息子の部屋に現れたばっちりメイクの実花は「涙でメガネ溶けるんじゃないの!?」とより驚いていた。

 帰るころになり、それぞれ玄関を出る。すると、幸次が向日葵だけを呼んだ。

「なんですか~」

 手出して、と向日葵の手のひらに小さな紙袋を載せた。紙袋の表には「アオイ」のイラストが、裏面にはお守りが描かれている。
 さっき橘平がこそこそ何か描いていたのはこれだったのか、と向日葵は帰り際の光景を振り返る。

「これさ、葵君に。いらないかなあと思ったけど、せっかくだからお土産に。俺からもらっても嬉しくないと思うから、君からさ」
「嬉しいと思いますけど…分かりました。あとで渡しときます」

 桜がバイクに乗り出発しようとしたところを、向日葵が引き留めた。

「さっちゃん、アクセサリーの入った袋さ、しばらくずっと持っててみて」
「え?なんで?」
「橘平ちゃんの描いたお守りは『よく効く』はずだから。あ、一回しか効かないっぽいけど」

 桜は目をぱちぱちしていたが、わかったと頷き、葵とともに帰っていった。

 古民家に帰って来た葵は、上着と靴下を脱ぎ、ソファで一休みしていた。八神家の手先の器用さを思い出し、あれが橘平の「使える」有術に関係しているのだろうか、そんな有術聞いたことがないしなあ、じゃあなんだ、と堂々巡りをしていた。

 何もヒントが出てこない中、がら、っと玄関が開く音がした。鍵をかけ忘れたことに気付き、誰が来たのか注意しながら玄関に向かう。

 そこに居たのは向日葵だった。左肩にトートバックを掛けている。

「あれ、桜さんもいるの?」
「ううん、私一人」

 彼女は絶対一人でこの古民家に来ることはなかったので、ひどく珍しいことだった。

「これ渡しに来た。きっぺーパパがね、これ私から渡してって。お土産だって。この袋の裏にさ、ほら、きっちゃんが描いたお守りが書いてあるの。アオもこの袋、しばらく持っててみて。多分、いや必ず効果あると思うのよ」

 葵は向日葵から小袋を受け取った。八神のお守りの図柄を見つめる。

 これに一体どんな効果があるのか。確かこの間、トラが向日葵の頭上で一瞬止まってみえた。ということは、相手を静止させる力だろうか。仕事で試せる機会があったら、積極的に使ってみようと思った。

「そうか。わざわざありがとう」

 それで彼女は帰るのだろうと思ったのだが、家に上がり、台所へ向かっていった。

 夕飯を作ってから帰るという。トートバックにはスーパーで調達した食材が入っていた。

「え、何作ってくれるの」
「卵かけごはん」
「なんだよそれ、作ってないだろ」
「ご飯炊いてるじゃん!」

 そういった彼女が作ったのは、具材たっぷりのナポリタン二人分だった。


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