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看護師。 エンジニアのパパと共に健常児の長男、障がい児の双子を育児中。 子宮破裂により…

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看護師。 エンジニアのパパと共に健常児の長男、障がい児の双子を育児中。 子宮破裂により重症新生児仮死で生まれた長女は発達障がい、次男は生まれた時から人工呼吸器を使用している重度心身障がい児の医療的ケア児です。

最近の記事

初めてのプール

地域の小学校に通う人工呼吸器を装着した重度心身障がい児の1年生の次男が、初めてプールに入った体験についてお話ししたいと思います。 この体験を通じて、プールに入るためにはどのような準備が必要か、また安全に入るための対策についても共有します。 学校との対話 まず、学校との対話が重要です。 最初の話し合いでは、人工呼吸器を装着した次男のプールの授業をどうするかを議論しました。 家族としては、次男にも他の子どもたちと同じように経験させてあげたいと考えていました。しかし、学校側安全

    • 王さま気分で初めての学区内探検

      梅雨前のとてつもなく蒸し暑い日。 人工呼吸器を装着した次男は初めて母親なしで外出した。 学区内探検があるという話を担任から聞き、次男と私はワクワクした。 次男は学校以外で友達と一緒に過ごすことが初めてだったからだ。 小学校入学前まで週一回の療育施設に行っていた次男。 それ以外の平日はほとんどの日を家で私と一緒に過ごしていた。 そんな彼が外出すると聞いて、いてもたってもいられなくなった。 私は看護師に「次男をどうぞよろしくお願いします」とにこやかに伝えた。 しかし、外出時の

      • 用水路事件

        「チョー気持ちいい!」 アテネオリンピックで北島康介選手が金メダルとったときの名言覚えていますか? うちの長女の名言「めっちゃ気持ちいい」が出た時は北島選手とは一味違うハラハラドキドキの瞬間でした。 ある日の下校時、自閉症の長女、人工呼吸器をつけた次男、そして私の三人が家に向かっていました。 いっしょに下校していた2年生の友達と用水路の脇を歩いていた長女。 私は次男のバギーを押しながら、他の一年生3人と話しながら歩いていた。 曲がり門を曲がったら自宅というところで突

        • 母子分離不安③

          はじめに 今日は小学校1年生で支援学級に通う長女と私が体験した母子分離不安症のその後についてお話ししたいと思います。 娘は自閉症スペクトラム症があり、環境の変化を苦手とします。長女にとって小学校入学はまさに大きな変化であり、それにより不安感が強くなり、最初の1週間で学校に行けないと行きしぶりが始まりました。 私たちは不安な毎日を過ごしながらも、長女の不安が少しでも軽減するように、担任の先生と相談しながら、いろいろと試行錯誤して日々を過ごしています。 対策と取り組み対策1:

        初めてのプール

          子どもの好奇心と大人の思い込みと偏見

          こんにちは!人工呼吸器を装着した重度心身障害児の次男が地域の小学校に通い始めて33日がたったので、振り返ってみようと思います。 初めての体験に満ちた日々の中で、子どもたちの反応と大人たちの反応には、それぞれ特徴があり面白いなと感じながら過ごしています。 子どもたちは純粋な好奇心で次男を迎え入れることができていたのに対して、大人たちは無意識の思い込みと偏見によって、過度に注意を払ったりしていました。 子どもの好奇心 入学当初、次男の顔を見て「これは何?人形?」「生きてるの

          子どもの好奇心と大人の思い込みと偏見

          母子分離不安②

          7日目に問題発生!パニックになった長女の救世主は? 入学後7日目に初めての参観日がありました。2校時目に予定されていたこの参観日は、長男や次男の参観日とも重なっており、私一人で全員の参観をするのはちょっとした挑戦でした。 事前の説明で大混乱 前日の夜、長女に「参観日は長男と次男の教室にも行くから、ちょっと離れるよ」と説明すると、すぐにパニックが始まりました。長女は自閉症の特性があるため、いつもと違うことがあると混乱してしまいます。「お母さんいないと怖くて学校行けない。いや

          母子分離不安②

          母子分離不安①

          春の訪れとともに、我が家にとっても新しい季節がやってきました。2024年4月10日、長女と次男が小学校に入学しました。長女は自閉症スペクトラム症のため支援学級に、次男は低酸素脳症で人工呼吸器を使用しながら通常学級に通うことになりました。新しい生活の始まりに胸が高鳴る一方で、心配も尽きません。 初日は奇跡的に順調でした。長女も次男も「お母さん、行ってきます!」と元気よく出発しました。初めての小学校に不安を抱えているはずなのに、二人とも頑張っていました。私も彼らの背中を見送りな

          母子分離不安①

          生と死の間で

          「先生、安楽死とかできないんですか?」 その言葉が、私に覚悟を決めさせた。 ベッドに横たわったまま、夫と共にNICUへと向かった。 そこには、愛おしい双子の姿があった。彼らは無数の管に繋がっており、その姿は言葉を失うほどの哀しさを誘った。なぜこんなにも可愛い子たちがこんな状態にならなければいけないのだろうか。 守ってあげられなくてごめんね。あなたたちの未来を奪って本当にごめんなさい。そして、私たち家族の未来を壊してしまって本当にごめんなさい。心の中で、私は双子と長男、そして

          生と死の間で

          双子が重症新生児仮死で産まれてくるまで

          あの日から6年がたった。 それは私の激動の人生が始まった瞬間だった。 今でも鮮明に覚えているのは、たくさんの管に繋がれた2人の可愛い赤ちゃんの姿と2人のそばでただ泣くことしかできなかった自分の姿だ。 妊娠36週3日。最後の妊婦健診の日。 まだ少し暗い明け方、いつもより早く目が覚める。少しお腹がチクチクしていた。お腹の痛みで目が覚めるなんていつもと違うなと、少し不安な気持ちになるものの、横でスヤスヤ眠っている2歳の息子の顔を見て自分で気持ちを落ち着かせる。「赤ちゃん大丈夫かー

          双子が重症新生児仮死で産まれてくるまで