王さま気分で初めての学区内探検
梅雨前のとてつもなく蒸し暑い日。
人工呼吸器を装着した次男は初めて母親なしで外出した。
学区内探検があるという話を担任から聞き、次男と私はワクワクした。
次男は学校以外で友達と一緒に過ごすことが初めてだったからだ。
小学校入学前まで週一回の療育施設に行っていた次男。
それ以外の平日はほとんどの日を家で私と一緒に過ごしていた。
そんな彼が外出すると聞いて、いてもたってもいられなくなった。
私は看護師に「次男をどうぞよろしくお願いします」とにこやかに伝えた。
しかし、外出時の注意点など伝えるだけでいいと思っていた私は面を食らってしまった。
この話を彼女たちに持ちかけたとき、彼女たちの顔には不安が色濃く浮かんでいた。
11時から12時の1時間、梅雨前のとてつもなく蒸し暑いときの校外学習。
「外出中に何かあったらどうしようと思うと不安です。お母さんついてきてください。」
この時まだ次男の支援についてもらって2か月だったので、看護師さんにしてみればまだ手探りだったのだろう。
でも、私は2か月間彼女たちの姿をそばで見てきた。
次男の安全を守りながら、みんなと一緒に勉強に参加できるように努力してくれていたので、私はそんな彼女たちを信頼していた。
学校内では付き添いなく過ごせていているのだから大丈夫。
学校内であっても学校外であってもやることは一緒だから大丈夫。
入学してから一度も休まず学校に行くことができている次男なら大丈夫と
信じていたのだ。
「親の付き添いは必要ないと思います。私がいなくても看護師さんたちは対応できるはずだから大丈夫です!次男の体調もとてもいいので大丈夫です。お願いします」
彼女たちの顔を見てみると、信じられないと言わんばかりの目つきだった。
看護師さんに自信をつけてもらうために言った「大丈夫」という言葉。
あれあれ?
言えば言うほどしぶい顔になるのはなぜ?
子供のことを一番理解している親が大丈夫ってOK出したのに行けないのはなぜ?
あまりにも不安そうなので
「私なんて初めて公園に連れて行ったときは、体温計で体温が測れなくなるぐらい低体温にしてしまったこともあるんですよ。でも、今は元気に学校に通えてますから。ハハハ。」と
今となっては笑える過去の思い出話をしたつもりが、笑うどころかますます顔を青ざめさせてしまった。
やってしまった。看護師さんにとどめを刺してしまった。
今度は私の顔が青ざめていく。
どうにか起死回生できないかと思いを巡らせていたとき、ふっと思い出した。
うっかり忘れていたけど、私にもそんなときがあったなと。
それは、初めて次男をキャンプに連れて行ったときのこと。
それまでは外出する時は人工呼吸器の電源があるところで、体温コントロールがしやすい空調が整えられた場所を選んでいた。
県内のそんな場所は1年で大抵行き尽くしてしまったので、外出におもしろみがなくなってきた。
このままだと、全然面白くない。
何かに挑戦したい。
そう思っていたところに、テレビでキャンプの特集をしていた。
「そうだ!キャンプに行こう。」
キャンプに行くこと自体初めてなのに、人工呼吸器を装着した次男も一緒に連れていく。
完全な奇行。
キャンプとなるともちろん空調は整えられてないから体温コントロールが難しいし、急変があってもすぐにかかりつけの病院を受診できない。
「キャンプ中に何かあったらどうしよう」
この言葉が頭を何度もよぎった。
でも、家族で行くキャンプを想像すると絶対楽しいだろうなとも思った。
何かあったとしても死ぬことはないだろう。
もしトラブルがあったとしても、それはそれで思い出になるはず。
思い切ってキャンプに挑戦することにした。
ただ、キャンプに行くことの不安は減らしたかったので、不安を減らすために事前の準備は入念にした。
必要物品は予備の予備まで準備した。
おかげで足りないものはなかったが荷物はとんでもないことになった。
荷物でパンパンのワゴン車。
夜逃げの車か。
あとは、予測できる非常事態を想定した。
次男の場合だと、痙攣発作、痰詰まり、低体温症。
この辺りを予防するためのグッズや、薬の準備も抜かりがないように。
万全の準備のもとキャンプを完工。
結果、不安に思っていた何かあったらは何もなかった。
唯一あるとすれば、何かあったらと思ってなかなか眠りにつくことができず、私の睡眠が2時間になってしまったぐらい。
色んな不安はあってもやってみれば「なーんだ何もなかった。」か「今回は失敗したから次はもっとこうしよう」にしかならないのである。
今までの経験からいくと、やってみて後悔することは本当に少ない。
小さな挑戦を続けることで自分たちだけでできたねと自信がつくのだ。
それを機に我が家は人工呼吸器を装着した次男と一緒に色んな場所に挑戦することができた。
自信がつけば日常に彩りが出てくるのだ。
看護師さんにも小さな挑戦を積み重ねっていってほしい。
目標を達成したときの喜びがきっとある。
だから、どうすれば彼女たちの不安を減らすことができるのか私なりに考えてみた。
看護師さんたちの不安を少しでも和らげるために、私は以下の対策を提案した。
・学区内探検の道の確認
・熱中症対策のための保冷剤の準備
・けいれん対策のための薬の準備
・緊急時の対応についての確認
・何かあればすぐに連絡がとれるように家で待機すること
諦めきれない私は、後日これらの対策案を持って再度お願いした。
すると、「30分だけお母さんも一緒にいて、その後の30分は私たちだけでやってみます」という妥協案が出てきた。
「30分頑張れるなら、きっともう30分も大丈夫だろう」と思った。
少しずつ彼女たちの勇気が出たところで、もう一押しが必要だったため、学校からも看護師の背中を押ししてもらえないかと校長先生に相談した。
校長先生から看護師さんたちに何とか頑張ってほしいと伝えてもらった。
自分たちだけでは不安だという思いに対して学校も寄り添ってくれ、協力を得られることになった。
最終的に、看護師さん2人と教頭先生が付き添う形で、無事に当日を迎えることができたのだ。
天気は晴天で、とても暑い日だった。
看護師さんたちは体温調節ができない次男が熱中症になることを心配していたので、体温の伸びしろを作るために36.0度になるように体温を調節して学校に送り出した。
私は家で待機していた。何かあったらすぐに電話してほしいと伝えていたが、結局電話は来なかった。
迎えの時間になり学校に迎えに行くと、看護師さんの表情は清々しかった。
看護師さんが心配していた熱中症も、体温調整の対策が功を奏し、問題なく過ごせたようだ。
探検時の様子を支援の先生に聞いた。
支援の先生にバギーを押してもらい、両サイドには看護師さん、前には教頭先生がついてくれたそうだ。
しかも教頭先生はうちわであおいでくれていたとか。
まるで次男はお付きをかかえた王様のようになっていたようだ。
その様子を思い浮かべて、私はニタニタしてしまった。
頭の中で思い浮かべた次男の顔が可愛すぎた。
仰々しくみんなに囲まれてちょっと照れくさい顔。
こんな経験をさせてくれた先生と看護師さんには感謝の気持ちでいっぱいだ。
この経験を通じて、次男だけでなく私自身も成長できたことに感謝している。
看護師さんや先生方のサポートのおかげで、次男は安全に外出を楽しむことができ、私も安心して彼を送り出すことができた。
いつか「母さん、今日は一人で行ってくるから!」なんていう日が来るかもしれないことを信じて、これからも新しいことに挑戦し続けたい。
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