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生と死の間で

「先生、安楽死とかできないんですか?」
その言葉が、私に覚悟を決めさせた。



ベッドに横たわったまま、夫と共にNICUへと向かった。
そこには、愛おしい双子の姿があった。彼らは無数の管に繋がっており、その姿は言葉を失うほどの哀しさを誘った。なぜこんなにも可愛い子たちがこんな状態にならなければいけないのだろうか。
守ってあげられなくてごめんね。あなたたちの未来を奪って本当にごめんなさい。そして、私たち家族の未来を壊してしまって本当にごめんなさい。心の中で、私は双子と長男、そして夫に謝り続けた。

泣き続けている私のそばで夫はただ立ち尽くしていた。

しばらくしてから、私は次男に手を伸ばした。そのしわしわの足、マッチみたいな細い指、玉のようなすべすべのほっぺた、そして、細くて柔らかい髪。そのすべてが愛おしかった。

なのに、口から管を入れられ、鼻から管を入れられ、小さい手に点滴の針が刺さり、足の付け根からも点滴の針が刺さり、胸には心電図モニター。たくさんの管に繋がれた次男を抱きしめたくても、抱きしめることはできなかった。

病室に戻り、消灯の時間が訪れた。
夫は「また明日来るよ」と言って帰っていった。私は夫との感情の違いに戸惑っていた。夫はまだ一度も泣いていない。私はこんなに悲しくて辛いのに何で夫は悲しくないのだろうか。

翌日の昼過ぎ、父からの電話があった。「長男くんが38度の熱で保育園から帰ってきた。今から小児科を受診してくる」と。

受診が終わった父から電話があり「インフルエンザだったから明日から保育園は休まないといけないな。どうしようか。みんな仕事があるしどうやって面倒みようか。」と。

両親、兄弟、義理の両親のスケジュールを聞いて調整をした。考えたくないことがいっぱいだったから、スケジュールの調整に集中していた。



「赤ちゃんの血圧が少しづつ下がってきているので、今後の処置について考えておいてください。」と先生からの言葉があった。

私は双子を出産した総合病院の病棟の看護師をしているので、その言葉の意味がすぐに理解できた。状態が良くないため、今後さらに悪化したときに延命治療をするか否か。

夫はすぐに答えた。「延命処置をするに決まっている。しないとかありえない」と。

私は現場の経験から延命処置がいいとは思ってはいなかった。延命処置をしても助からない命もある。延命処置をすればするだけ本人の負担は大きくなるだけだとも。延命処置をして命が伸びたとしても、障害が残ったまま生きる人生は本当に幸せなのか。

私は即答できなかった。

先生は「すぐに返答しなくていいのでゆっくり考えて下さい。ただ状態は良くないので、ご家族の方が面会できるようにお部屋を準備します。誰に来てもらいますか?」と言った。

私は「先生、長男がインフルエンザにかかっているのですが面会してもいいですか?」と尋ねた。

先生は「連れてきて大丈夫ですよ」と言った。

みんなを待ってから一緒に面会室へ向かった。

そこにはコットの中で寝ている次男がいた。

表情も顔色も良く、状態が悪そうには見えなかった。しかし、動脈血圧は30~50、酸素も89~93%ほどで、かなり不安定だった。

長男や両親、兄弟、義理の両親は初めての面会だった。

長男は泣いている私の顔をみて少し後ずさりしたが、私が「おいで」と言うと、久しぶりに会ったので嬉しそうに抱きついてきた。

インフルエンザのせいで体はすごく熱かった、きっと39℃ぐらいあったと思う。しんどいはずなのに、全くぐずることなく、まだ2歳の長男は今の状況を理解しているはずはないが、その場の空気を察して、いい子にしていた。

私の両親から順番に次男を抱っこしていく。両親は「おなかの中でこんなに大きく育ってたんだね。よくがんばったね。」と声をかけていた。

次に私の妹弟も抱っこした。みんな泣きながら「こんなに可愛いのに、何でこんなことになったのかな」と言っていた。

義理の両親も「何でこんなことになったんだろう」と呟いていた。

最後に、私が抱っこしていると、私の父が突然大声で泣きながら怒鳴り始めた。

「なんで先生は検診の時ちゃんと見てくれなかったんだ。どうしてなんだよ。こんなに大きく育ってたんだから、ちゃんと見てくれていたらこんなことになっていなかっただろう。あんたらどうしてくれるんな。」と。

父が大声で感情をあらわにしている姿を見て、その時の私は子供じゃないんだから、大勢の人がいるのに泣きわめくのは恥ずかしいからやめて欲しいと思った。だから「父さん、今は大事な時間なんだから、大声出すのやめてよ」と言った。

すると看護師に「お父さんの言っていることは間違っていないよ。思っていることを言っていいよ。」と言われた。私は人前で感情を爆発させることは恥ずかしいことと思っていたのでそう叱られて、こんな状況なのに、恥ずかしいことを優先している自分のことのほうがもっと恥ずかしいと思い、反省していたときに。

姑が言った。

「先生、安楽死とかできないんですか」

一瞬、その場の空気が凍りついた。姑の言葉は突然で、場違いだった。しかし、彼女は続けた。「こんな状態で生きるのもかわいそうだし、面倒みるのも大変だし、安楽死とかできないんですかねー」と先生に尋ねていた。

今思えば、姑は心の中で思っていたことを素直に言葉に出しただけなんだろう。

しかし、その時の私の精神状態ではそう受け取ることができず、彼女が「この子を安楽に殺してもらえないですか」と言っているように聞こえた。

こんなかわいい子を殺すなんて絶対に許さない。

なんとしてでも助けなければ。

私はその時、延命治療をすることを決めた。

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