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近世百物語・第四十八夜「カラス」

 カラスには様々な思い出があります。子供の頃に住んでいた土地はカラスが多い土地でした。今では、どこでも多いようですが、しかし子供の頃に見たようなカラスの大群を見ることは稀です。十勝川の河原にたくさんのカラスが群れ飛ぶ姿は、かなり不気味でした。
 祖母は、
「カラスは頭が良く、人の顔を覚えるので、悪さをすると復讐される」
 と言っていました。
 そして、多くなりすぎたカラスを退治しに行って、逆に攻撃された人の話を聞かされました。
 それは少し昔のことです。顔を覚えられないよう黒い布を被った若者数人が、爆竹を片手に、カラスの群れに近付いてゆきました。少しづつ近くに寄ると、やがて、一斉に立ち上がって爆竹に火をつけて、カラスの群れ目掛けて投げたのです。パンパンと言う破裂音が響くとカラスは大騒ぎ。そこまでは良かったのですが、やがて町のいたるところでカラスの追跡がはじまりました。黒い布など意味もなく、すべてのカラスに顔が知られたのです。見てもいないカラスすら、いったいどうやって知ったのでしょう。若者たちを見かけただけでカラスは大騒ぎして知らせ合います。そして、彼らの上空をカラスが飛び回ります。行く先々でカラスが監視でもするかのように集まってきます。時々、頭の上をかすめるように飛び回ります。すぐ耳元で大きな鳴き声を立てることもあります。それがずっと続くのです。やがて若者たちは町を出てゆくしかなくなりました。カラスは直接攻撃をせず、ずっと嫌がらせを続けるのです。
 私はカラスに悪さをしませんでしたので、守ってもらった経験の方が多いです。
 ある時、九州の高速道路をクルマで走っていました。視界が悪い雨の日でした。高速道路で時速百キロで走行している時、突然、クルマのボンネットから白い煙が上がり、クルマは路肩に停止しました。
 その時です。車から見えるすべての方向の、電線や止まれるものすべてに、カラスが飛んで来て止まったのです。見渡す限りカラスが見えました。何羽いるのか見当もつきません。カラスの大群にわれわれは囲まれてしまいました。まるで事故から守ってくれているようでした。事故処理の車が到着するまで安全に過ごすことが出来ました。

 カラスと言えば、

——カラスは、良く人の噂話をする。

 と伝わっています。
 ある時の朝方、カラスが家の近所で妙な鳴き方をしているのを聞きました。あまりに妙な鳴き方だったので、少し不審に思いました。しかし、とても眠かったのでそのまま眠っていました。すると、カラスの鳴き声が、人の声のように聞こえたのです。夢かも知れません。
 それは、
「たいへんだ、奈良の方で偉い先生が亡くなったそうだ」
 と言うように聞こえました。
——えっ?
 と思って目を覚ますと、間もなく電話がかかってきました。
 その電話は、
「奈良の先生が、先程、亡くなりました」 
 と言うものでした。
 カラスの噂話を聞くには〈アカザの杖〉と呼ばれる技法を使うと聞いています。アカザの杖は夢の中で使う杖のことです。それを耳にあてて、無意識の中でカラスなどの言葉を聞くのです。しかし、私は、起きている時に、カラスの噂話を何度か聞いたことがありました。
 それは、私がまだ幼い頃のことです。公園でカラスの鳴き声を耳にしました。その声は、人のようでもあり、また、カラスのようでもありました。
 そして、
「困ったものじゃのう。今の若いカラスは人の言葉を知らぬ故、人の言うことを聞かぬ」
 と、嘆いていました。
 すると、もう一羽のカラスが、
「しっ。人間の子供が聞いておるぞ」
 と言いました。
 カラスを見ると、目をそらしたのです。さらに、そのカラスをじっと見ると、カラスは気まずそうに、
「あっちに行けよ」
 と言いました。
 そう聞こえただけなのかも知れません。ですが、私は思わず、
「ごめんなさい」
 と、つぶやきました。すると、カラスが驚いたような表情になり、空に向かって、
「かぁ」
 と叫びました。
 その瞬間、あたりにいた数十羽のカラスが、一斉に飛び立ちました。
 空、いっぱい、カラスの大群に覆われ真っ暗になり、やがて明るくなりました。もう、見えるところにカラスはいません。しかし、一羽だけ私の前に降りて来て、ちょこんと頭を下げたのです。まるでそれは挨拶でもしたかのように見えました。
 そして、
「人の子よ。われらの言葉が分かるのか?」
 と言いました。
 カラスが私に話しかけて来たのは、カラスが人の言葉を話したのではなく、私がカラスの言葉を理解出来ただけなのかも知れません。
 その時、ちょうど祖母が呼びに来たので、そちらを見ました。するとカラスは空に飛んでゆきました。
 私は、
「カラスに話しかけられた」
 と、祖母に言いました。
 祖母は、
「天狗や狐だってお前に話しかけるが、ただ、守ってくれているだけじゃ」
 と言いました。
 そして、
「やがて、お前も、人の言葉しか分からなくなる時が来るが……」
 と言って、私の手を引っ張って公園を後にしました。
 後で聞くと、
「いつか、たいへんな時、カラスや猫がお前を見守ってくれることを知るだろう」
 と言われました。
 そして、播磨陰陽道でのカラスや動物の扱い方をその時に教えられました。
 昔はカラスは慈悲深い鳥であるとされていました。カラスの別名を〈慈鳥じちょう〉と言います。この名は、カラスが子を生み育てると、子は成長して親の恩に報いて親を養う鳥であると言う意味です。
 慈烏じう反哺はんぽと言う言葉もあります。
 これは、

——カラスに反哺のこうあり。

 と言います。反哺とは、食べ物を口移しで食べさせることです。カラスが悪いイメージになったのは、明治に入ってキリスト教が広まったからですが……。

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