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御伽怪談第二集・第三話「抜け首の悪事」

  一

 昔から、世に〈ろくろ首〉なるものが語り継がれているが、ハッキリ見たと言う者もない。『太平広記たいへいほうき』、『酉陽雑俎ゆうようざっそ』、『異物志』などにも書いてあり、また、『本草綱目』には飛頭蛮ひとうばんと呼ばれる抜け首だと書いてある。
 ろくろ首の者は頭に傷跡があって、夜になると傷がうずくようになり、首が抜けると言う。体から離れた首は川岸などへ飛んで、蟹やミミズなどを喰い、やがて明け方には元の体に帰る。多くは女のなる病とされている。しかし、まさしくろくろ首を見たと言う者が聞き伝える話はそれとは少し違っていた。

 享保(1715)の頃、奥州・桑田村に、作助さすけと言う愚か者な百姓がいた。
 その桑田村から一里ばかり離れたところに藤田村があったが、そこに太郎八たろはちの娘〈おさだ〉が住んでいた。
 作助は隣り村の太郎八の仕事を手伝うことが多く、お貞が年頃になると恋するようになっていた。恋していただけなら何の問題もなかった。しかし作助には、すでに女房がいたのである。
 作助は、朝に夕に想いをめぐらし、ある日、ようやくお貞を見つけて口説いた。
「よう、お貞よう」
「なんだ作助か」
「おらの嫁になんねぇか?」
「えっ、嫁って、お前さまには女房殿がおるじゃろ」
「すぐに追い出すからなぁ、嫁になりや」
「なにを言うとるだ」
「そんなことは言わずに、なぁ、おらの家に来いや」
「いやや、バカにすんな」
「バカにになんぞしとらん」
「前から知り合いだからと言うて、なにを田分けたことを、おとうに言うぞ」
 お貞は、吐き捨てるように言うと、そのまま逃げてしまった。
 作助は努力はしたが、もとより報われる筈もなかった。

 その後、お貞が十九の春、同じ藤田村の名主・次郎太夫たゆうの元へ嫁いでしまった。
 作助はこれを聞いて、強くねたみ、
——おらが、前から心をかけていたのに、この想いをどう叶えるべぇ。
 と、つくづく考えたが、
——最早、今は亭主ある身では……。
 と、これにこだわってあれこれと悩み続けた。だからと申して、最初はなから相手にされることはなく、無駄に悩み続ける日々を過ごしていたのである。

 ある夏の満月の夜のことである。次郎太夫夫婦が自宅で寝ていると、風がひとしきり吹いて、チラリと窓の外に影がさした。
 次郎太夫が目を開き、蚊帳ごしに月を眺めると、見知らぬ男が窓から覗いていたのである。
 次郎太夫は、咄嗟に、
——泥棒か?
 と思い、月影によくよく見れば、見たことのある男の生首が見えた。
 生首は窓の外をヒラヒラと飛び回り、窓から入って来るような素振りを見せた。だが、躊躇ためらうような動きに、なかなか入って来なかった。
 次郎太夫は元より不敵者であった。怖いものがないと言っても良いかも知れない。外を飛び回る生首など怖れる男ではなかった。彼は、枕元にあったタバコ盆の銅の灰吹きを手に構え、生首が入って来るのを今か今かと待っていた。蚊帳から出て、窓の近くに潜んで待つことしばし……。


   ニ

 生首が窓から入って来たところを、灰吹きを狙いすまし、次郎太夫はエイヤッと打ち付けた。しかし、手元が狂ったものか打ち損じてしまった。コロコロと転がる灰吹きの音に驚き、生首はどこかへ消え失せてしまった。
 その音に、女房のお貞が、
「ひぇーっ」
 と、悲鳴をあげて起きて来た。お貞は震えていた。どうやら、生首が窓から入るあたりから起きていたようである。
「お貞、目を覚ましておったか?」
 お貞は生唾をゴクリと呑んで答えた。
「さてさて、怖ろしきことよ。おらがまだ実家にいた頃、桑田村の作助と言うバカなオヤジが、おらのことを口説こうとしたことがあった。その者には女房がおった」
「なに、桑田村の作助じゃと」
「おらに心をかけ、様々に口説きにかかったが、元よりヤツに従う筈はなし」
「それはそうだ」
「今夜の夢に作助のオヤジが、あの窓よりジッと覗いて首ばかり抜け出て、家の内へ入ろうとしてから、もう、怖ろしくて、怖ろしくて声をあげただ」
 などと語れば、次郎太夫はつくづく聞いて、女房の話で、あの顔を思い出した。
——なるほど、あれは確かに時々見る桑田村の作助じゃ。さては、あやつは、わが女房に執心して化け物になりさがったか? あれは、かねて聞きおよぶ抜け首と言うやつか?
 と思った。女房にこのことを隠し、
——また、来たら、目に物見せてくれるわ。
 と、四、五日は夜も寝ずに待っていた。
 しかし、先の夜の打ち損じに懲りたものか? それ以降は来なかった。
 数日して、太郎太夫は女房に尋ねた。
「また、作助の生首の夢を見たか?」
 お貞は首を大きく横に振り笑った。
「とんでもねぇ。あんなおっかねぇもんは見とらんよ」

 そんなある日、お貞たちの住む藤田村で、財布、あるいは帯などの物がなくなる事件が、頻繁に起こるようになった。季節は秋に入っていた。
 村人が訴えるには、
——昨日は、誰それの家の何がしが消え失せた。今日はあそこで物が見えなくなった。
 と、いずれもこのことを不審に思い、様々に探したが、どこへ行ったものか、行方は分からなかった。名主の次郎太夫としても困りものである。毎日、村の人々が被害を訴えて来て、そのことに煩わされる日々が続いた。

 次郎太夫はある時、用事があって、五、六里隔てた所へ行っていた。夜に入っての帰り道、桑田村を通った。やはり満月の夜であった。秋の満月は大きく、虫たちがにぎやかに鳴いていた。
 作助の家の近所を歩いていると、向うより一陣の風が吹き、その中を何か来る影を見かけた。その時、次郎太夫は抜け首のことを思い出し、近くに隠れて様子を見ることにした。
 すると、青白く光る作助の首が姿を現わし、帯のような物をくわえて、彼の家の窓に入って行った。アッと言う間の出来事であった。生首が通った後には、白い虹のような光りが、残像のように細く引いて残っていた。
 次郎太夫は、生首が作助の家に入ったのを見とどけ、
——あの首が、人の物を盗んでいるのか?
 と思い、急いで家に帰った。
 次郎太夫は、夜明けを待って近所の者、四、五人に声をかけた。


   三

 翌日、次郎太夫が村の衆に声をかけた。
「最近、世間を騒がす盗人ぬすびとを見たぞ。退治するから集まれ」
 皆で打ち合わせをして、盗ませるための道具を集め、罠を張ることとなった。
 罠の近くには、村の郷士ごうし半弓はんきゅうの使い手を隠して置いた。次郎太夫の幼馴染みの韮山にらやま権三郎である。半弓は、この日のために霊木あずさを使い、儀式をして祓い弓を拵えて来た物であった。
 名主の次郎太夫が申した。
「ささ、郷士たちも協力して欲しい。村のためじゃ」
「名主様の言いつけじゃ、断われもせぬでござるよ」
 権三郎が笑った。
「まぁ、そう申すな。もし、退治出来たら、手柄になるぞ」
「じゃが、本当にそんな化け物がこの世におるもんかいな?」
「いるさ。しっかりと見たからのぉ」
「信じられんのぉ」
 半信半疑ながらも、皆々、寝たフリをして夜の更けるのを待っていた。
 ちょうど真夜中も丑の刻。かの生首が窓から飛び入り、広げた道具の内に財布を見つけ、くわえようとしていた。
 権三郎は驚いて目を見張った。他の者たちも、それは同じであった。名主を疑っていた訳ではなかったが、聞くと見るとは大違いである。腰が抜けて立てなくなった者までいる中を、権三郎は覚悟を決め狙いを定め、エィと掛け声と共に半弓を放った。 
 半弓は、普通の弓の半分くらいの大きさしかない弓である。懐弓ふところゆみとも呼ばれ室内での扱いに優れていた。権三郎は身分の低い郷士と申しても、さすがはサムライである。武器の扱いには慣れていた。名人とまではゆかないが、近くの生首を打ち落とすくらい造作ぞうさもないことであった。
 権三郎は確かな手応えを感じた。首に当たって落ちると思ったが、生首はそのま窓から飛び出て消え失せてしまった。跡を見ると血が流れていた。
「権三、やったぞ。仕留めたに違いない」
「確かに手応えがござった」
 などと、皆々、喜び、権三郎をめた。
 権三郎は首を傾げた。
「しかし、あのような化け物が、本当にこの世におるなどとは……」
「おってもおらんでも、手柄は手柄。明日、確かめに行こう」
 腰を抜かしていた者まで起き上がり、喜んでいた。
 徳川様の時代になってから百年あまり、郷士の身分にある者が手柄を立てられるいくさなど皆無であった。平和な時代である。あとは、いないと思われていた化け物退治の道しかなかったが、ついに手柄を遂げたのである。それがどんなにめでたいことか、皆、分かっていた。特に弓を打った権三郎は身にしみて分かっていたのである。
「めでたいのぉ」
 権三郎は、目に涙を溜めて喜んだ。
「祝いは明日、確かめてからじゃ」
 次郎太夫も嬉しかった。
 翌日、皆で桑田村へ行き、作助の噂を聞くと、明け方から矢傷に苦しんで、先程、死んだと言う。この日は作助の通夜であった。
 慌ただしく通夜の用意をする中を、次郎太夫ら一行が訪れた。次郎太夫たちは、いづれも退治出来たと内心思い、作助の家へ入ると、
「えー、本日はどうもご愁傷さまなこっで」
 と各々挨拶をした。
 作助の女房は、死骸に取り付き歎き悲しんでいた。まだ棺桶の用意すら出来ていない有様ありさまであった。


   四

 作助の家の様子を見ると、権三郎は少し同情した。自分がこの通夜の原因を作ったと思うと、何だか切なくなった。喜んでついて来た者たちも、しんみりとしてしまった。いくら化け物とは言え、死んだ者を悪く言う訳にはゆかなかった。だが、次郎太夫には、立場上、ハッキリさせなければならないことがあった。
 作助の女房は、隣り村の名主と集まった人々を見て、
「さては、お前たちが、うちの人を殺したのか? 矢に名が書いてあったぞ」
 と、大いに怒り、泣きながら取り付いた。
 次郎太夫が申した。
「なるほど、確かに我々の仕業である。気の済むようにすれば良い」
 女房は、いよいよ腹を立て、恨めしそうな目をしてののしった。
「おのれ、かたきを取らで置くべきか」
 次郎太夫は女房を無視して、桑田村の者を大勢集め、まずは経緯を説明した。
「最近、藤田村では、財布や帯などが盗まれる事件が頻繁に起こるようになった。調べると、どうやらこの家の作助の仕業であることが判明した」
 作助の女房が反論した。
「それは何かの濡れ絹じゃ。うちの人が、そんなことをする筈はねぇ」
「濡れ絹もなにも、死んだ者に鞭打つようで悪いが……」
 などと言いながら、懐から巻紙を取り出して見せた。
「これが藤田村でなくなった物の一覧じゃ。さぁ、作助を信じるなら持ち物を調べてみよ」
「おう、調べるまでもない」
 と女房は息巻いて持ち物を取り出した。その時、あっと女房が声を上げた。知らない物が混じっていたのである。
 桑田村の衆が首を傾げる中、次郎太夫が申した。
「残酷なようじゃが、一覧を読み上げるから、その中を見てくれろ」
 盗まれた品々を書き付けていた巻紙を読み上げると、村の衆が震える女房の横から、持ち物を取り出した。最初、桑田村の人々は不審がり、
「まさか、作助が盗人ぬすびとだなんぞ、信じられんのぉ」
 など申していたが、読み上げるたびにその物を見つけ、驚くやら、感心するやら、ため息ばかりが聞こえるようになった。
 やがて、書き付けにあった物がすべて見つかると、桑田村の衆は大いに肝を消し、それぞれに吟味して残らず持ち主に返したと言う。
 作助の女房は、これを見て面目なく思ったのであろうか、人目に紛れて井戸へ身を投げ死んでしまった。
 結局、この家ではふたり分の通夜となって、村はたいへんな騒ぎとなった。

 藤田村に帰った権三郎は、後味の悪い結果に残念な気持ちになっていた。はげます次郎太夫の言葉もうわの空で聞いていた。化け物を退治すれば、しかるべき筋に届け出なければならなかった。そうしないと手柄も何もある物ではない。分かっているが、権三郎たちは何となくそのことを言い出せなかった。相手が化け物だとしても、家族には無関係ではないのか? 女房まで死なせることはなかったのでは? などと、何度も自問自答した。作助と言う化け物の死が、藤田村の人々の人生を狂わせたのかも知れない。

 昔よりろくろ首のことは語り伝えるが、このような珍しいものはないであろう。この話は藤田村の百姓・杢左衛門ちくざえもんと言う者が語ったものである。『怪醜かいしゅう夜光魂やこうのたま』より。〈了〉

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