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近世百物語・第七十三夜「隠れん坊」

 子供の頃は誰でもそうかも知れませんが、隠れん坊が好きでした。ある事件に出会うまでは、よく隠れん坊をして遊んでいました。
 小学生の頃は、ほとんど神社の境内で遊んでいました。そこには隠れる場所などありません。しかし、ある事件が起こり、その後は、もっぱら神社の境内だけで遊ぶようになっていました。神社の本殿の建物の中に白い着物姿の人がいて安心して遊べたのです。
 神職の人たちは横の建物に住んでいました。本殿には鍵が掛かっていました。儀式の時とか祭りの時とかのみ鍵が開けられていたのです。しかし、われわれ子供たちは、時々、中に不思議な人影を見ていました。
 そして、
——あの人が、いつも守ってくれているんだ。
 と本気で信じていました。
 それを〈神様〉とかは、誰も呼んでいませんでした。いつも、ただ〈あの人〉とだけ呼んでいました。正体は今でも分かりません。確かに子供たちを守ってくれていたようです。と言うのは、守られていない子供が、ひとりだけ近所にいたからです。その子だけは〈あの人〉のことを信じていないどころか、見えてもいないようでした。

 ある時、近所の子供たちと隠れん坊をしていました。同じ町内に〈お化け屋敷〉と呼ばれる空家があり、そこで遊んでいたのです。そこは人が住まなくなってしばらくになる建物でした。
 別に誰かが、
「お化けを見た」
 と言うこともなかったので、ただ雰囲気で〈お化け屋敷〉と呼ばれていただけのようでした。
 建物はわりと大きく和洋折衷せっちゅうの雰囲気でした。入り口の鍵が壊れていることもあり、時々、子供達が中に入り込んで遊んでいました。その日も、家を中心に隠れん坊がはじまりました。家の人がどこへ行ったのかなど、子供であるわれわれには知るよしもありません。
 だから、
——ただ、引っ越しただけだ。
 と、誰もが思っていました。
 隠れん坊がはじまると、私はすぐに見つけられてしまいました。
 全員が見つけられ、
——次は私が鬼か……。
 と思っていたら、なかなか全員が見つかりません。ひとりだけ出てこない人がいたのです。
 しばらく、みんなで、
「もう、終わりにしよう」
 とか言いながら、出てこない友達を探していました。
 やがて、もう夕方となったこともあり、
「先に帰ったんだろう」
 誰かが言い出しました。子供の隠れん坊にはよくあることです。みんなは同意して解散しました。
 夜の遅い時間になって、近所の人が訪ねてきました。
「子供が帰って来ないと騒いでいる家がある。お宅の子は何か知らないか?」
 私は眠い目を擦りながら、
「隠れん坊をしていて見つからなかった人がいた」
 とだけ言いました。
 すると、その近所の人は首を傾げました。
「それは他の子からも聞いているが、誰なのか誰も覚えていないようだ。その隠れん坊をしていなくなった子は、いったい誰なんだ?」
「○○さん家の子」
「そう、みんなその子だと言う。しかし、確かその家には子供はいない筈だが……」
——えっ?
 いつも、遊んでいるのに、いない筈だなんて……。
「だって同じクラスなのに……」
「担任の先生にも聞いたが、やはりそんな生徒は知らないと……」

 次の日、学校へ行って一緒に隠れん坊をした何人かと話しました。教室にあった筈の彼の机もすでに無くなっていました。
「これって、どう言うことだと思う?」
 と誰かが小声で言い出しました。
「誰かに聞いてみようか?」
 と別な子が言いました。
 そして、近くにいた女の子に、
「ねぇ、このクラスに○○くんっていたよねぇ。昨日までそこに机があったんだけど……」
 と尋ねました。
 しかし、
「そんな子、聞いたこともないわ……」
 と言われました。教室からも他のクラスの子たちの記憶からも、その子のことが消えています。覚えているのは、昨日、一緒に隠れん坊をした仲間だけです。

 その日、家に帰ると、消えた子の親がやはり子供を探していました。そこら中の人を捕まえては、
「ねぇ、うちの子が帰ってこないんだけど誰か知らない?」
 と尋ねています。しかし、誰ひとりそれに答える人はいません。
 それどころか大人たちが噂しています。
「なぜ、あの人は、いもしない自分の子供のことで騒いでいるのだろう。頭でもおかしくなったんだろうか?」
 次の日、学校の休み時間の時に隠れん坊の仲間が集まって、それぞれ家で聞いたことを言い出しました。
「うちの親は、あの家には最初から誰も住んでいなかったと言っていたぞ」
 と、ひとりが言うと、
「あの家の全員が、ある日、いなくなったらしいと言う話を聞いた人がいるらしい」
 と、他の子が言いました。
「○○がいなくなったのは、神社のあの人のことを信じていなかったから守ってもらえなかったのだと思う」
 と誰かが言いました。
 そして、
「このことは、もう忘れよう」
 と、ひとりが泣きそうな顔をして言うと、全員が賛成しました。それ以降、このことについては触れたことはありません。しかし、それから数ヶ月たったある時、神社で遊んでいて白い人影を見ました。
 その時、私はつぶやきました。
「あの時、隠れん坊で消えた子は、今、どこにいるのだろう?」
「どの隠れん坊のことだい?」
「あの、お化け屋敷のさ……」
「えっ、あんなところには入ったこともないよ」
 友達の記憶もすでに消えているようでした。
 最初から生まれなかったことになって消え去る人のことは、何度も見たことがあります。この消え方が一番怖いと思います。この建物に元々いた人たちも、同じように消え去ったのだと思います。だから記憶もないのです。しかし、その人たちが建てた建物だけは残ります。誰が建てたか不明のままで残り続けるのです。そうやって、何年か後に、また怖ろしい事件が起こり、人々の記憶から消え去ります。お化け屋敷とはそう言うものです。

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