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『モジオロジー』を読む

里俳句会の、喪字男さんの句集『モジオロジー』を読んだ。
生活感と文学的哀愁がないまぜになって、独特の面白みとペーソスがハートをわしづかみにする。この場合のわしは、鷲というかっちょいい鳥とちょっと違い、「わしー、わしー」「わしまだ朝飯食ってへんねんけどー」と迫って来るお爺ちゃんぽいわしであり、その妖しさが喪字男俳句の本領ではなかろうか。狂気をTOYにする、喪字男マジックの魅力に翻弄された。

BCCKS / ブックス - 『モジオロジー』喪字男著


(句集『モジオロジー』より)

土器の出る小学校を卒業す

昔から人々が生活してきた、古い土地柄。ほんとは建てたらあかん区域だったのかもしれないが、後から後から出てくるものは、もうしょうがない。ぼくの小学校はベッドタウンの田舎エリアにあったのだが、卒業して20年ほどたち、プールで水難事故があったとのことで話題になった。このような形で母校が有名になることに妙な気分になったが、もしこの小学校の地下に邪馬台国が発見されたら、さらに妙な気持ちになるかもと思った。

赤ちやんに空耳のある四月かな

赤ちゃんにしか聴こえない、声があるのかもしれない。これは若者にしか聞こえない高周波のモスキート音のように科学的に説明できるのかもしれないが、四月がとても効いていて、一種のまぼろし、ワンダーとしか捉えられなくなる。四月が生活のスタートであるという社会の決まりごとのなかで、赤ちゃんだけは無法に、自由気ままに五感を機能させている。そんな万能感を、読後おもった。

起きてから理由を探す昼寝かな

ひるねの後ろめたさを、如実に示してあまりある一句。この律義さ、小心さに惹かれる。そして、正当な理由が成立したら、また堂々と寝なおすのだ。夜眠れなくなるが、それでも、今度は夜寝ることの重要性を確認し、また寝てほしい。そして長い眠りの果てに目覚めたら、東欧、中東の紛争が解決してて、元通りの世の中に戻っていたらいいのに。元通りがどの時代あたりか?というのは価値観差がありすぎるが、自分としてはせめてうまい棒が値上がりする前ぐらいに戻っててほしい。

冷房をすぐ消す人が施設長

こんな怜悧冷徹な人が、たとえば介護施設の長だったらいやだなと思うが、自分が前に居た老人介護施設の施設長も、節電のため三月一日から便座の暖房は消しなさいと訓示していて、現場の反感を買いまくっていた。そして逆説的だが経済破綻しないためには、こういう冷静なボスが必要で、さらに言うと介護職員やスタッフは情が薄いクールタイプの人間しか長続きしないのだ。これはぼくが個人的に思ってるだけではなく、東京立川のデイサービスセンターの所長(自分の学校の同期生)も言っていたので、業界の統一見解だと信じている。

全日のマットに沈む秋思かな

かつては、ジャイアント馬場に投げ落とされた百キロ超の秋思もあり、毎日のようにヘビー級の秋思が沈め続けられている全日のマットの慈悲感を思った。メンタルしか見えない、特殊などらえもんの道具的な眼鏡をかけたら、そこにはツングース隕石の落下跡みたいな大穴が見えるのではなかろうか。その大穴の底には地蔵菩薩がたたずんでいて、「カモン、秋思」とにこやかに微笑んでいるのも覗けるかもしれない。

つけつぱなしの炬燵が意思を持ちはじむ

自由意志を持つ宇宙船の、その頭脳部分が分身、美少女ロボとなり勇気ある少年と冒険旅行に旅立つ『マップス』という長谷川裕一の人気SF漫画があったが、この一句からも、同じような壮大な物語が始まる予感がする。句集『モジオロジー』には「こたつ」の句がやけに多く、作者の、この暖房器具への思い入れの強さが伺われる。この炬燵が人類に何をもたらすのか、気になって気になって、今からすでに冬が来るのが恐ろしい。

おわり

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