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小説冒頭練習。「暗殺者の家に生まれたのにハズレスキル『目立つ』を持って生まれてきたぼくは鬱陶しい弟に全ての黒歴史を押し付けて生きていく」

※この記事は『小説家になろう』さんでも公開しています。
連載しようと思って構想を練ったもののお蔵入りになっていた小説の冒頭に該当します。
テーマソング「夢のゆくえ」
作詞 - 武田鉄矢 / 作曲 - 白鳥澄夫 / 編曲 - 渡辺雅二 / 唄 - 白鳥英美子(キングレコード)

「地獄のズバット」
作詞:石森章太郎 作曲:京建輔 歌:水木一郎

 ふわっ。
 優しい香り。
 涙と鼻水の味に。
『はっ。泣き虫だな』
 ぽんぽんと頭を撫でる音。
 濡れた瞳を開いた少女は見た。
 ちんちくりんな目つきの悪い幼児。

『ちゅ』

 気取って投げキスしても決まらない。

『ほれ。花だ』

 先ほどまであの花を取ってと泣いていた娘。
 なのに大きな樽に登って気取るその子には
 細い指を伸ばして受け取り微笑(わら)ってしまう。

「お母さん、花もらった」

 母は崖上の花を見た。

「あの子、あの花をどうやって」

 大きな樽から音もなく飛び降りたその子はいつのまにか消えていた。

『勇者様だよ』

『あの方が?』
『あんな可愛い子が?』
『間違いない。勇者さまは世界一の崖登りと聞く』

 そのやりとりを影で聞いていた彼はあまりの恥ずかしさに悶絶していた。

「なんか知らんけどあいつのせいにできた! 助かった!」

 少年には弟がいた。
 腹違いらしい。性格良く素行よく頭良く素直で可愛い顔という完璧でいけ好かないタイプだった。
 相手は自分たちが兄弟という事実は知らないようだがことあるごとに懐いてきてウザいのだ。

「だから、奴のせいにしとく」

 鼻歌歌って彼は行く。
 完全に嫌がらせである。
 その先には母が待つ野営地がある。

『またやったわね』

 年の頃14ほど。『人間の目では』赤い髪の美少女は彼の母である。

 当然彼もまた人間ではなかった 。

 彼の頭上を轟音が通過する。
 丸太のように太いそれをひっ掴み。
 吹き飛ばされながらもくるくる回って宙で態勢整え足のつま先で跳ねて並走する。

「こっちだこっち。やーい。のろまー』

 駆ける彼のつま先を『草たちが避けていく』。鮮やかな花の花弁。彼のつま先か触れたが早いか少年の身体は宙に舞った。あとは何事もなかったように揺れる花。

 巨木のような大男の魔物の首に抱きつきケタケタ笑う彼。

「どうしたどうしたー。はいほー」

 唸り声をあげて首筋に手を伸ばすオーガの爪を靴のかかとでかわして掌でタップを踊る。掴みかかる指をかわし、拳の一つ一つを踵で蹴る。

 あらよっと声を上げて近くの木の枝ひっつかんでふわりと空に舞ったピート。視界に広がる大空に嬌声をあげる。

 小鳥たちが驚いて飛び去る横を彼はかっ飛び、手をヒラヒラさせてご挨拶。ポケットからビスケットを取り出し口に咥えて空にほうり投げて。

『鳥なら空中で餌くらい食ってみろ』

 無茶ぶりを口にしつつ鼻を鳴らす。
 背筋を逸らして安定軌道に乗り足元からふわりと飛びおりるが早いがまた駆け出す。

 草木が彼を避け、岩を飛び跳ね、ニヤリと笑ったピートは後ろから追いかけてくるオーガにむけて尻を出す。

『やーい。鈍足オーガ。ここまでおいでー』

 言葉が通じたわけではないが、挑発には乗ったオーガは更に速度を増す。その首元に先ほど木々の周りを駆け、枝で飛び回ったピートが仕掛けたロープがかかる。

「よっと」

 そこに少年の小さな足がオーガの踵近くの小骨を蹴り上げた。派手に後頭部をうったオーガだがそれで死ぬような魔物ではない。

 怒りを更に増して追い詰めようとするがピートはそれを指さして哂う。((´∀`*))ヶラヶラ

「ひょえっ?」

 ぶおっ。ふいに現れて背後からピートの髪を掴もうとした手に流石にピートも冷や汗。

「新手なんて聞いてないよっ! うぉ!」

 流石に冷や汗かいて逃げるが更に状況が悪くなる。

 次々と現れたオーガの群れが彼を追いかけてくる。オーガは仲間を呼んだ。トレイントレインしているがこの世界にはまだ列車は存在しない。

「うわちゃ~~。これは困った」

 背にオーガたちの手が伸びる。ピートは自ら真横にクルクル回転しながら腕を組んで悩むそぶり。

 お次はバク転して爪をかわし、手近な岩に両手を伸ばして、両手と岩との間にできたわずかな空間に両足を伸ばして入れ込み背筋を伸ばして更に空中に向けて飛ぶ。跳び箱がこの世界にあったらきっと見事な技に高得点が出るはずだ。迫りくる巨木の枝に足を絡めて転換を図り、下の枝に飛びつき両手で別方向に飛ぶ。

 ピートを追いかけて近くの大木に集ったオーガはそのままクルクル大木の周りを走る。

「こいつら、バターになったりしないのかな」

 残念ながらオーガはどこぞの童話のトラではない。

「はーい! みんなありがとう!」

 ピートの投げた網はたやすく彼らを一網打尽にした。

 何度も何度も地面を叩いたオーガたちの体重は樹の周りの仕掛けを起動するだけの衝撃には充分。

「さーん。にー。いーち! ごー!」

 この樹、危険を感じると空を飛んで別の地に異動する。
 地面を生き物が移動することで気圧をため、細胞内の金属イオンとして水素をため込んで燃料電池とし、水素爆発を用いて身体や種子をジャンプすることで移動をして種を保存する。地元では『爆発する樹』『飛梅』などと呼ばれる生き物だ。それが跳んだ。あわふたと騒ぐがんじがらめのオーガの群れと共に。

「さよーならあああ!」

 バイバイと手を振るピート。今日も楽しかった。

 人食鬼オーガはけして足が遅い魔物ではない。

 むしろ無限の体力で人間を追い詰めて頭から食うとされる。そのオーガをからかい遊ぶ少年もまた人間とは言い難かった。

『駆け抜けるひと』

 風のように駆ける
 歳をとらず幼児の姿を持つ種族
 それが彼らである。

 あははっ!

 少年はけたけたと高笑いし、腹を抱えて自らのたうってみせる。
 今日も彼はイタズラし放題。彼の掘った特大の落とし穴に落ちているのは、知り合いの冒険者三名。

 常に曇天に覆われているはずの冬の大空は珍しく晴れわたり、身を切る冷たい風すら心地よい。
 ひとしきり笑った彼は落とし穴の下でもがく三人組をあざ笑う。

「こらっ?! ピートッ てめぇっ?! 出しやがれッ」

 黒髪黒目の半妖精の年端の行かぬ少年が叫ぶ。

「みゅ」

 涙目で頭を押えている少年はしゃがみこんで動かない。怪我はしていないようだが。

「む。中の壁は砂か」

 やるきのなさそうな目をした黒髪の剣士はそう呟いて困ったそぶりをみせる。

「こらっ?! 砂を上からかけるなっ! 埋め殺す気かッ?!」

「ふんふふ~ん」

 ピートと呼ばれた少年。
 いや、傍目には幼児だが実は砂をかけることに抗議する半妖精の彼より年上の存在は、意地悪そうなツリ目を更に吊り上げて至福の表情。

 しゃあああ。

「うわっ?! きたねぇ?!」

 黒髪の少年の声が穴の奥から聞こえる。何をかけているのかはきかないで欲しい。

「あははは。ぷはーはっはっはっ?!」

 ピートはズボンを直すのも忘れて地面をのたうちながら笑っていたが。

 げし。

 彼の頭を踏むものがいた。

 赤い髪、今は怒りに染まる冷たいほど整った顔立ちと豊かな表情、スラリとした体つきの少女だ。

「ピート。ロー・アースさんやチーアさんやファルコさんに悪さしちゃだめって言っているでしょう」
「だってっさぁ。こいつらとろいんだもん。母さん」

 130センチそこそこしかない見目麗しい少女を、ピートは『母さん』と呼ぶ。

「聞こえたかしら」

 ニコニコ笑う『母』の瞳はまったく笑っていない。

「きこえましたです」

 ターバン替わりに布の覆いをかぶるピートの頭に母を名乗る少女の強烈な一撃。

「ごめんなさい」

 ぐるぐる巻きにされて母に折檻されたピートは三人の冒険者に謝ってみせる。
 彼は母のいう事だけは聞く。

「またかよ。最近やらないから油断してたぜ」

 自分たちに『浄水』と『乾燥』の魔法で汚れを消し去った少年(実は少女)は口元をゆがめる。

「ピート兄ちゃんが苛める」

 続いて発言したピートと同じく幼児の姿をした少年は潤んだ瞳をこちらに向ける。

 腹違いの弟の涙。まさか自分が兄とは知らないだろうが、八つ当たりで意地悪をしているのは事実である。
 僅かな良心の呵責を突かれたピートは激しくうろたえかけたが、なんとか押し黙ることに成功した。

「とりあえず。仕事の邪魔はしないでくれ」

 三人のリーダーである青年は無関心そうに『母』である少女に告げた。これで実に十回を越える。

「ええ。うちの息子がいつも迷惑かけてごめんなさい」

 アン。本名『アンジェリカ・フォンヌ・アイスファルシオン・ミスリルシールド』は三人の冒険者に深々と頭を下げた。

『駆け抜けるもの』『子供たち』『ちいさきひと』

 各地の伝承に登場する彼らは最も人間に身近な妖精の仲間でありながらその実態を知るものは少ない。

 まるで風に流される蒲公英の綿毛のように旅をつづけ、各地に根付いて子を育て、また旅に出るとされる彼らの生活史を正確に把握している人間たちはいないし、またあえて研究しようとする酔狂な賢者もいない。

 見た目は三歳から一〇歳ほどの人間の幼児の姿をしており、その小柄な身体に似合わない強靭な身体能力と頑丈な肉体を有する。その能力は遠方に住まう猿と呼ばれる生き物に比類すると呼ばれるが寒冷なこの地で猿を見たことがある人類は少ない。人類がその猿の近縁種であるという生物学的な知識を持っている賢者すらまれなのである。

 だから子供たちの中に彼らがいても
 彼らが生まれながらに暗殺者と盗賊、そして狩人と吟遊詩人の能力を持っていても
 大道芸の子供の正体が彼らであっても
 子供に仇なす悪党が人知れず消えても
 誰も意に介さない。

 彼らがある日、あっさり死んだとしても。

 誰も気にすることはない。

『母さんーー!!?』

 叫んだのか声が漏れず吐息すら漏れたのかすら覚えていない。叫んでも叫んでも母は助からない。

 ピートが知るのは今朝もいつものように罠を仕掛けてからかっていたオーガの前で足をくじいてしまったこと。

 オーガごとき鼻歌混じりに始末するはずの母がにこりと笑ってこちらを向いたこと。

 その顔が消えてオーガの自在に外れる顎が覆い尽くしたこと。
 ひとつの身体には多すぎる赤いもの、黒いもの、茶色いものが彼にかかっていくことだった。

 なぜ?
 なぜだって?
 おまえのせいだろ。

 母さんならオーガなんかに負けやしない。

『母さん!』

 おまえは子供か。
 自分のイタズラに人を巻き込んで母まで殺した。
 いやおまえは子供にすらなれない愚か者だ。

 何も嗅げない。
 世界は味気ない。
 彼は虚ろな目で見た。
 何の音楽も意味をなさない。

 いつのまにか握っていた紙切れ。
 そこには『D』とだけ描かれていた。

 この物語はひとりの少年のひとりの少年によるひとりの少年のためだけの。

 自身に対する復讐の物語である。

『ちんちんふりふりぞうさんいえーい!』

 時々彼がかます愚行は、彼の基本的人格によるものであり一切の関連性はない。


よかったらピートやファルコとその子供たち世代が活躍する「お父さんは『勇者』さま」も( `・∀・´)ノヨロシク


自称元貸自転車屋 武術小説女装と多芸にして無能な放送大学生