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【小説】 猫と飴  第11話

第11話

それからは、なるべく仕事を多く入れてもらう様にした。

何もしない時間は、過去に足を取られて引きずり込まれてしまう。

居心地がいい様で、苦しくなる世界は現実じゃない。

現実は今、目の前にあるものだけ。とにかく足に絡みつくそれを引き剥がしたかった。

彼女とはもう終わったんだ。
僕の中でもちゃんと終わらせたい。


長かった一日、一日を少しずつ短く感じる様になってきた。

やっと自分の現実の日常に戻って来られた気分だった。


今日も、仕事から帰って倒れ込むようにソファに寝転がった。すると遅い時間に家のインターホンが鳴った。

僕は、疲れ切った体を起き上がらせてドアへと向かった。

誰が来たのかを確認すると、ぼんやりとしていた頭が急に目を覚まし、ドアを開けるか迷った。


今、一番会いたくない人だ。


何しに来たんだ? まだ忘れ物があったとか? 出て行ってこんなに時間が経って?

僕は、頭をかいた後一息置いて、扉を開けた。

彼女は、あっ。という様な表情をした後、この間より少し小さな声で言った。

「ごめん。この間、言えなくて……あの……私の事怒ってる?」
「なんで? 何の事?  なんで僕の方が怒るの? ……怒ってはないけれど、もう、あんまりこういう風には……会いたくないかな。この間は偶然会ってしまったけれど」
「もう、好きな人いるんだったよね」
「……君にも幸せになってもらいたいし。もう会うの、やめよう」
そうやって僕は、自分にも言い聞かせていた。
彼女はその言葉を聞いて、少し視線を落とした。
「あの……最後の日もちゃんと話せなかったのを後悔してて……モヤモヤするぐらいなら、突撃しようと思って、来ました」

僕は、もう正直こうやって心をかき乱すのをやめて欲しかった。僕が頭を抱えてため息をついたのを見て、彼女の表情は、少し悲しげに変わった。

「僕は、今怒ってないし、ただもう会いたくないとは思ってる。用は、それだけ?」 
彼女は、ポケットに手を突っ込み何かを取り出し、
「あと、これを渡したくて来ました」と言って片手いっぱいの飴を僕に渡した。

「飴?」

飴を渡されて、僕はこの間彼女からもらって上着のポケットに入れたままの飴を思い出した。

そんな僕に彼女は、
「……約束、ちょっと早めてもらえないかな?」と言った。
「約束?」

僕は唐突な彼女の発言に困惑した。

「私がもっと一緒に居たいって、伝えてなくて」

彼女の目は真剣だった。そして続けて、
「……来世なんてあるかわからない。だから今言っておこうと思って。もっと一緒に居たいって」
「この間の、話?」
「うん。だめかな? ……だって、本当に来世も会えるか分からないし、好きになってもらえるか分からないし、それにそもそも生まれ変われるかだって……」

彼女自身も自分の発言に混乱している様だった。多分、頭に浮かんできたままを喋っているんだと思う。

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