見出し画像

【小説】 蒼(あお)〜彼女と描いた世界〜  第14話 

第14話

歩き続けていると、幻覚を見ている訳では無さそうな一人の男がいた。

花に見惚れている男の荷物を漁っている。
リリーは、オリバーに尋ねた。
「あの人、何しているの?」
「多分……泥棒だよ」
「泥棒? こんな所にそんな人がいるの?」
「こんな所だからいるのさ。もう荷物が必要無くなった人から物色しているのさ。お金を探しているんじゃないかな」
ウィリアムはその話を聞いて、腕まくりをしながら前にずいっと出た。
「なんてやつなんだ。人のものを漁るなんて。捕まえて警察に突き出そう」
オリバーは、ウィリアムを引き止めた。
「別に、合理的じゃないかな? 必要無くなった人から受け取る。彼も幻覚のリスクを背負ってきているんだ。それぐらい良いじゃないか」
「道徳ってもんがあるだろう?」
「この森に入った時点であまり関係ない気もするけどね。大体、お金なんて僕たちがいた世界でしか使えないものだよ。この森で生き延びて元の世界に帰ってこそ意味がある。彼は単なる紙切れを握り締めたまま幻想の世界で幸せに暮らすかもしれないしね。放っておけば良いさ」
オリバーはそう言っていたけれど、ウィリアムはその男を放っておく事に、納得できない様子だった。
「めちゃくちゃな世界だな。あんなに堂々と人のものを奪っているのに捕まらないなんて」
オリバーは逆に、ウィリアムに対して呆れた様子だった。
「ウィリアム、君は彼を捕まえて裁きたいのかい?」
ウィリアムは、さも当たり前に答えた。
「そりゃあ、悪い人は裁かれないと。世の中がめちゃくちゃになるじゃないか」
ジャンも、
「人の物を奪うなんて、裁かれて当然だろう」と加勢した。
オリバーは、そんな二人を鼻で笑った。
「もちろん、人の物を奪うなんて非道徳的だ。けれどそうやってすぐに人を裁きたがる人も、世の中をめちゃくちゃにしているのかもね」
ウィリアムは、オリバーの含みのある言い方が気になった。
「どう言う事だ? 何が言いたいんだい?」
「いや、なんでもないさ。君は君の正義に従って生きていれば良いさ。こんな長話しをしている余裕があるのかな?」
リリーは、ウィリアムのそばを飛びながら、
「そうね。ジャンの事も心配だし、とにかく先に進みましょう」と言った。
ウィリアムは、荷物を漁っている男の事をグッと睨んでから、先へと足を早めた。

歩き進める道には、変わらず人間の頭の大きさほどの花がそこら中に咲いていて、ピカピカ、チカチカと小刻みに点滅しながら美しく輝いていた。
奥に進むほどに迷いこんでいる人間の数は増えていた。
皆それぞれに美しい花を見てうっすら笑っている。もう荷物を漁っている者には出会わなかった。

しばらく歩き進めるとジャンが、
「なあ、酒でも飲まないか?」と言いだした。
「何言ってるの? ジャン。こんな場所で」とリリーはジャンに返した。
するとウィリアムが、
「こんな場所だからこそ、呑みたくなったのかも」と言った。
ジャンは、
「こんなに楽しい夜だ。盛大にやろうよ!」
と拳をあげ、飛び跳ねて言った。
「なんか、ジャンおかしくない?」リリーは陽気なジャンの顔を覗き込んだ。
「しまった! この辺はかなりの数の花に囲まれている。もしかしたら幻覚を見始めているのかもしれない」
「ねえ、飲もうよ。その大きな鞄に入ってるんだろう?」
のしっと、ジャンはオリバーの肩に乗り掛かりながら駄々をこねた。
ウィリアムは心配してオリバーに尋ねた。
「どうする?」
「まあ、幸いまだ害は無い。花を直接覗き込んでいる訳では無いからきっと意識もある程度あるのだろう。まだ今は酔っ払いだとでも思えば良いさ。幻覚から逃れるにはこの場所から離れるしかない。早く最初の森を抜けよう。長く留まれば危ないのはジャンだけじゃないしね。……ほら、もう少し先に、旨い酒が売っている。ジャンそこまで買いに行くよ。歩けるかい?」
オリバーは仕方なく、ジャンを上手くなだめていた。
「美味いつまみもあるかな?」
オリバーは、肩にかけられたジャンの腕を退けながら、
「ああ、きっとあるよ。……さあ、急ごう」と言って、ジャンの背中を叩いた。
そう言われると、ジャンはご機嫌で歩き出した。
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?