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【読書感想文】放っておいてもいい子って誰が決めたの? 「言い寄る」 / 田辺聖子

田辺聖子さんの「言い寄る」を読んで、脳天撃ち抜かれたので、その衝撃を忘れないようにここにしたためておこうと思います。

※少しネタバレを含むので気になる方はここで回れ右してください。

160万人が愛した女主人公(ヒロイン)乃里子が帰って来た! 乃里子、31歳。フリーのデザイナー、画家。自由な1人暮らし。金持ちの色男・剛、趣味人の渋い中年男・水野など、いい男たちに言い寄られ、恋も仕事も楽しんでいる。しかし、痛いくらい愛してる五郎にだけは、どうしても言い寄れない……。乃里子フリークが続出した、田辺恋愛小説の最高傑作。

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50年も前の小説なのに、恋愛に揺れる女の心情に、心の底から共感できる稀有な小説、それが「言い寄る」。
読んでいて思わず付箋を貼ってしまった箇所がいくつもある。
今日取り上げるのは、びっくりして「え!嘘やろ!」と言ってしまった箇所。

それは主人公の乃里子が、自分より下に見ていた女友達の美々のことを、五郎が好きなのではないかと勘付き、美々が好きなの?と尋ねたときに五郎から放たれた言葉。

「乃里ちゃんは分かるやろ、つまり、抛(ほ)っておいても大丈夫な、という子がいるね。それから、何か気になる、ひとりで置いとかれへん、何をするか目が離せん、という子がいるね?」

言い寄る / 田辺聖子

つまりここで言う”ほっておいても大丈夫”なのは乃里子で、”ひとりで置いとかれへん”のが美々という図式である。

わたしはこれを読んだとき、愕然とした。

これは少女漫画でも、恋愛ドラマでも映画でも嫌というほど見てきた、男が「君はひとりでも生きていけるよね?」と言って自立した女を振るパターンのやつやないか!
50年前から擦られてたー!!!


これを読んで思い出したのが、かの名作東京ラブストーリー。

かつて東京ラブストーリーで、明朗快活で積極的なリカと、もろくて壊れそうな儚さをまとうさとみのあいだで、揺れに揺れまくった優柔不断男カンチは、世の中の女の敵であるさとみを選んで大ひんしゅくを買った。
当時小学生だった私はそれがトラウマになって、さとみっぽい女に会うと拒絶反応を示してしまう体質になった。責任を取ってほしい。

ドラマではリカが身を引いたような感じになっているが、身を引かせた理由は明らかにカンチの心がさとみに向いていた点にある。
カンチがリカではなくさとみを選んだのは、カンチにとってリカが”ほっておいても大丈夫”な女だったからじゃないだろうか。

カンチは知らんのだ。
松山から帰る鈍行電車の中で、リカが顔を真っ赤にして泣いていたことなんて。
つくづく浅い男だ。


さて「言い寄る」の五郎がカンチなのかは知らんが、50年前から男が好きなのは、同等の位置、または自分より上から自分を高めてくれる女ではなく、自分が手を引いてやらないと歩けないような女なのだった。

はっきり言って、乃里子もリカも、別に寄りかかるつもりなんてなかったはず。
ひとりでも生きていける自立した人が、誰かと一緒にいたいと思うことがそんなに罪なことなの?
勝手にそっちがそう判断して、自分より弱い女に惹かれただけの話を、人のせいにしないでほしい。

「言い寄る」を読んで、いったい何年これを繰り返すんだ、と虚しくなった。
まさか50年も前から、できる女が振られる常套句としてこの理由が使われていたとは、驚愕を通り越して感心すらする。
もちろん東京ラブストーリーの時代からはずいぶん女は強くなったし、自立した女が生き方を選択できる時代にもなったとは思う。恋愛至上主義でもなくなってきた。
とはいえ恋愛において「君はひとりでも生きていけるだろ?」と言われて振られることが、未だに渋滞している事実はどう受け止めるべきか。

それってあんたが決めることじゃないし、単に、自分が悦に入ることができないからじゃないの?って、今わたしが乃里子とリカの代わりに大声で叫びたい。

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