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荷物をおろす。




大好きで大好きでたまらなかった。

そんな片思いの彼。
そんな彼にふってもらったのは、哀しくも、誕生日の翌日だった。

彼の最寄駅。
彼が決めてくれたお店で、共通の友人を交えての食事。

待ち合わせに先に着いたのは、彼と私で、久しぶりだね、と笑い合った後の沈黙で、何かを察したのを覚えている。

脈なしなのは、そんなの遠くの昔からわかり切ってきたけれど、お互いに笑っているのに、2人の間の空気は、寒いような、寂しいような。
そんな一瞬の間が、指先を冷やし、心を突き刺したのを覚えている。

他愛のない会話が続き、彼が切り出す。
すぅっと息を吸う彼と少し目が合い、そして私から視線を外し、俯きながら、「彼女ができた。」そう言いながらはにかんだ。

私と目を合わせて言わないのは、後ろめたさを感じさせてしまっているからだろう。

そんな風に思わせてしまうなんて。
申し訳なくて、恥ずかしくて、息が苦しい。

でも。

「おめでとう!」と、すぐに言えたし、「何ですぐ教えてくれなかったのー!」と冗談ぽく笑うこともできた。頑張った。

付き合うきっかけ。

これからのこと。

質問タイムにも積極的に参加。
頑張った。

時々目の合う彼の視線は、

大丈夫?と、心配そうに私に尋ねている。

あぁ、やっぱり知ってくれていたよね。
でも、大丈夫だよ。

頷いて、心の中でそう返した。

「結婚するならこの人かなと思うんだ。
この人は、どこに住んでもいいという人だから。」

目の端に彼の視線を感じながら、その言葉を受け止めた。

地元に帰ることとなり、どこにでもは住めない、私へのトドメの一言。

私ではだめな理由まで教えてもらっちゃって、あらま、どうしましょう。

それにはさすがに、頷く余裕はなかった。

鼻の奥がツンとした。

解散となり、その場のノリで彼の家の前まで見送る。

初めて見る、彼のアパート。
彼女は行き来しているのだろう。
当然か。

話を聞くだけで、想像しかできない、彼の部屋のなか。
もう一生見ることのないであろう、彼の部屋。

なんだかとても現実。
いきなり現実がすぎるな。

乾いた笑いがこみ上げる。自嘲。

世界はいつのまにか、彼女持ちの彼に更新されていた。

ただの片思いが、
彼女持ちの男性への叶わぬ恋へと更新。
そして、わかりきっていたとはいえ、失恋。
ついに失恋が現実のものとなった。

用意していたバレンタインのチョコは渡さなかった。

「今日、告白するんだ。

だめなのはわかってるけど、振ってもらって前に進むんだ。」

そう決意して、何度も何度も書き直しながら、泣きながら書き上げた彼への手紙は、長年の思いを断ち切れるよう願掛けのつもりで、
ビリビリに破いて、駅のゴミ箱に捨てた。

振られることはわかっていたけれど、
私が何もしなくても彼は振ってくれたのだ。

駅まで戻るとき、友人が優しい声で言う。

「大丈夫?好きだったんでしょ?」

「うん、大好きだった。
でも、大丈夫だよ。」

声のトーンは落ちていたけれど、
冷静に答えることもできた。

振られるのは、わかっていたから。

わかりきっていたのに、何年も好きでいさせてくれた彼に、感謝。

帰りの電車で彼に送る、私の気持ち。
「好き」とは使わずに伝える、
大切だと思う気持ち。

何年もかけて、この日のために心の整理をしてきた自分に気付いたりして。

そんな自分が不憫で、悲しかった。

もう、この駅には来ることはないだろう。

彼に出会わなければ、一生降りることのなかった駅。




あれから約1年。

 

あの駅を通過した。

ホームに立ってたりしないかなんて、探したりして。
会いたい気持ちには変わりないけれど。

季節が一周する間に、割と大丈夫になった。

そんな自分に気付く。

気付いて、ちょっと楽になった。

大丈夫、前に進めている。

何年も、大好きだった彼。
彼を大好きだった自分。

彼への思いをため込み、たくさん詰めて膨れた荷物を下ろす。
そっと、優しく。

無くなったりはしない。

上書きされたりもしない。

おろす。

彼の最寄駅に置いておく。

心は軽い。

左様なら。

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