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2話「親友になったコウタ君」

バイト初日はどうなるかと、火に飛び込む覚悟でのぞんだ。
だけど子供達は僕を温かく迎えてくれて、心底ホッとした。


僕の仕事内容はあってないようなものだ。12時に出勤して、子供達が送迎から帰ってくるまで掃除や下準備など。15時くらいに子供達が集まってからは嵐のように時間が過ぎる。
そして17時にみんな車に乗せられ帰る。バイトの僕もその時帰る。

多分これはどの施設もあるあるだろう。検温して、宿題見ながら連絡帳書いて。一緒に遊んで見守って。これじゃあ、療育の「り」の字も無いなと正直思った。
でも、僕にとってはかなり刺激的だった。

そして口下手な僕も、なぜか子どもたちとは自然に楽しく話すことができた。ありのままの自分を出せる瞬間。色の濃すぎる世界に、僕は本当に驚きの連続だった。


子供たちはほぼみんな小学1年生〜5年生で、まるで昔から親しかったかのように接してくれる。それだけで涙が出るほど嬉しかった。
あぁ、まだ俺は人間だったんだと思った。

その中でも特に親しかったのは2年生のコウタ君。
彼は本当に感情豊かで、とある大きな才能があったのだ。



最初に出会ったのは面接での見学の時。
彼はカラフルな遊びの部屋の影に一人、トランポリンに乗ってこちらを見つめていた。なんだか、とても寂しそうに立っていたことを覚えている


そして初めて話した時は、とっても元気なわんぱく小僧に様変わり。
「どげざしろ!」とか「おまえのものはおれのもの〜♪」とか。
おもちゃも投げたり散らかしっぱなし。他の子と何度もケンカをする。
とにかく手のかかるわんぱく小僧な印象だった。

「大変な子が一人いるなぁ・・。」

だけど僕はこの小僧の純粋さに、何度も救われることになる。



「あ、ユウタくんっ」
次の日、送迎から帰ってきたコウタ君は僕の目を見て、嬉しそうに返事をしてくれた。名前は覚えたり忘れていたり。
そのうちフルネームを聞いてきて、何度も口に出して覚えようとしてくれた。でもなかなか覚えられない。
だけど、その健気さがとても嬉しかった。


「しんげきのきょじんごっこ!おいかけてきて〜!」

その後、一緒に手洗おう!と手を握ってくれて、いろんな話をする。そして突然、鬼ごっこがはじまる。

いかにも捕まえてほしそうに振り向きながら部屋をキャハハとかけまわる。僕も時よりふざけながら、最後はグワっとつかまえる。満足げなコウタ君の笑顔。僕も自然と笑顔になる。
逃げたら捕まえてもらえることが、自分が大切にされていることが嬉しかったのだろう。


その後も、マットの絵で人生ゲームしたり、みんなでチャンバラしたり、紙コップで時計作ったり、似顔絵を描いてあげたり、鬼滅の刃ごっこをしたり。誕生日が同じ月だから、8月レンジャーを結成したり。
ナゾのゲームしたり。

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コウタ君はとくに、ことあるごとに笑顔で接してくれた。

なんでこんな親しくしてくれるんだ??


ひねくれ過ぎた僕にとっては意味不明だった。常に避けられて拒否されて生きてきたから。
僕を友達か家族だと思っているのだろうか?何か裏があるのか??子供達の中でもなぜか、ずば抜けて距離が近い子供だった。


話してることやってることなんて、正直どうでもいいことの連続。だけど、それだけのことが本当に楽しかった。何だか僕も、小学2年生に戻った感覚になる。

成功すること、実績をあげること。そんな生産性の奴隷だった僕にとって子供達の世界は、はたまた異世界の夢の国のように思えた。確実に、今までの自分と違う芽が育まれているのを感じた。


「ねーコレあげる!」

とある日のおやつの時間。僕が連絡帳を書きあぐねていると、隣にいたコウタ君が笑顔で言った。
突然の提案。小さなドーナツの小袋を僕に差し出してくれる。
僕は意味がわからず戸惑い「食べていいよ〜」と連絡帳を書くふりをした。

するとコウタ君は、目をまん丸にして「だめ!食べて!!」と必死に懇願する。そんな食べて欲しいん?恩を売る気か・・??
僕は疑心暗鬼になりながら、渋々ドーナツを受け取って食べた。


「うまい!コウタ君ありがとね」


「うん!だってぼく、ゆうたくんのことだいすきだもん!」



何の躊躇もなくそう言った。
満面の笑みでドーナツを頬張りながら。

聞いたことのない言葉。時が止まったような気がした。


僕はそれが受け入れられなくて、聞こえなかったフリをした。
夢破れた、ろくに話せない、何も持っていない僕を好きになってくれる人なんているわけがないと思っていたから。

帰り道の紅くて静かな夕べ。嵐のような時間が過ぎて、頭がふわふわする。
川が流れる大きな橋を自転車でゆっくり渡りながら、遠くの山をながめる。
あたたかな声がいつまでも反芻する。

「なんだったんだろうなぁ・・」

いろんな思い出が脳裏に再生される。いろんな感情でぐちゃぐちゃになる。
気づけば僕は見知らぬ住宅街をフラフラと彷徨っていた。



その日の夜、「ざわざわ」が僕を襲った。
暗闇に、ここ数日のことを思い出す。
胸の奥の光が大きくなり、くすぐったいほどあたたかな気持ちになっていく。目が覚めて全然寝れない。
それは、今まで感じたことのない感覚だった。


「何なんだこれは・・・??」

僕は、何が起きているかわからなかった。

今までのどんなときよりも心地よくて、安らかな気分だった。
体中がふわふわして、浮き上がりそうな感覚。
自分の中の何かが、大きく変化している。


思えば今までずっと、「だいすき」と言ってくれた人はいなかった。

家族ですら僕のことは無関心で、社会に出たって有象無象の一人だった。誰かに認められたくて映画監督を志しては、孤独の果てに挫折した。もう人間ではないのだと諦めていた。


だから全部子供の気まぐれだと思った。
だけど、彼の全身の表情や言葉、行動の一つ一つがそれを強く表現していた。

僕を人間として、心から信頼しているように感じたのだ。


たったそれだけのことが本当に嬉しかった。人生で一番嬉しかった。


気づけば僕も、コウタ君がとても大切な人間に思えた。心から与えたい、守ってあげたいと思った。それは多分、親友や親子のそれに近い。どんな物差しでも計れない、とても強い絆を感じた。
他者を恨み妬み続けた僕からすると、ひっくり返るような大変化。


まるで、第五の感情と出会ったような衝撃だった。本当に驚いた。
僕は胸をくすぐる「ざわざわ」の正体が知りたくて、とにかく色んな本を読んだ。哲学や心理学、エッセイ本・・・。
僕なんかにも、人間の良心が残っていたのか。


心のタガが外れて、素晴らしく開放的な気分。コウタ君を通じて、他のみんなが、絶望していた世界がとても尊く感じられた。夢でも見ているのだろうか。


だから僕はもっと、「信頼」に応えたいと思った。
コウタ君の笑顔が見たかったから。
みんなの笑顔が見たかったから。

僕にとって、大切な人間だから。


全てを捨てた僕に、生きる意味が芽生えた瞬間だった。




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数日後、僕は家でマジックのテクニック本を広げて練習していた。
子供達の嬉しそうな表情が何度も浮かんでくる。


みんなに恩返しがしたかった。子供達のために何ができるだろうと考えた。ちょっと前まで全く興味のなかったマジックに熱中していた。もちろん全く苦ではない。
僕は子供たちのマジシャンになった。


「えーすごい!なんでー??」

コウタ君は、まるで本物の魔法でも見たかのように、目をキラキラ輝かせてニコニコな笑顔を浮かべた。
ついさっきまで、そんなのムリだよ!とか冷静だったのに。いざ見せると、もっとやってとはしゃぐ。
内容といえば、100均で売ってるレベルだ。
難しすぎるとかえってふてくされた。


僕は嬉しくて、すっかり手品にハマってしまった。
子供達が喜んでいると、僕はその何倍も幸せな気分になる。
それだけで十分だった。


「来週はもっと面白いマジック見せるからね!」
「うん!」


帰り際、僕はコウタ君にそう言ってさよならを言った。コウタ君もコクリとうなずき楽しげに挨拶をかえす。
気づけばマジックは、毎週のお約束になった。
マジックが、僕とコウタ君の絆を紡いでいた。



「かんぱーい♪」
おやつの時間になると、いつもうれしそうにお菓子をわけてくれた。そして同じお菓子をコップのように乾杯して、満足げにブラックサンダーを食べあったり。

前、コウタ君に言われたことをふと思い出した。「ぼくたち、かぞくだったらよかったのにねー」
その時はとても理解できなかったけど、今ならよくわかる。

大切な人と一緒にいると、一緒に食べると、もっとおいしい。
そう気づかせてくれたのは、君の才能だ。
僕はなんだか家族になったような気がして、とても温かい気持ちになった。
お菓子を通して、大切な何かをもらったように思う。
コウタ君は、笑顔を分けあたえる天才だ。


気づけば僕らは仲良しの親友になっていた。




「ねーあのさー、ノビール(事業所名)の中でさー」
「だれがいちばんすきー?」


お互いの片手をつないで、遠心力でぐるぐるまわるナゾの遊びをしていたときだった。とある日の遊びの部屋にて、一番乗りのコウタ君がつぶやく。

顔は見えなかったけど、彼の全身から僕への無条件の信頼を感じた。子供というのは、言葉よりも身体ほうが何倍も雄弁だ。一緒にまわることが、彼にとって最大限の感情表現なのだろう。
そして何より、返事しようと思っていたことを先に聞かれたので驚いた。


僕はあえて「みんな大好き」「コウタ君が一番大切」とまわりながら答えた。

「ちがう!だれがいちばんすきー??」

ふてくされたので僕は勇気を出して、あの時言えなかった言葉を返した。そして、逆に聞いてみた。


「えっとねー・・んーと」

「カネザキユウタくんっ」


少し言い淀んで、うれし恥ずかしそうにつぶやいた。
なんだか、心がひとつになった気がした。

言葉にして伝え合うこと


それがいかに大切か、教えられた気がした。
決して見えないけど、とても大事なものを分けあっている気がした。

大好きなものを大好きと言うことが、言ってもらえることが本当にうれしかった。
僕はいつ忘れてしまったのだろうか。いつ置いてきてしまったのだろうか。
まだ人間、捨てたもんじゃないなぁ。


良くも悪くもコウタ君は、本当に純粋だった。



「ねーあっこしてあっこ!」

別の日、遊びの部屋で一緒に遊んでいると、突然コウタ君が言った。
アッコ?アッコちゃんのこと??

なんのことかわからなかった。
コウタ君に連れられるままにベンチ椅子のそばに背をむけると、彼は椅子に登った。

・・・あ、おんぶのことか
と思った矢先だった。


「!!?」


コウタ君は僕をグイッと正面へ回すと、思いきり僕の胸に飛び込んできた。

なんの躊躇もなく、キラキラした笑顔で。

溢れんばかりのエネルギーで。


ただ唖然とした。


腐りかけていた僕には、あまりにも破壊的だったから。

僕は今までずっと、おんぶや抱っこをしてもらった経験がなかった。
笑顔で笑いあった、遊んでもらった思い出もない。
気づいたら母子家庭だったし、ずっと他人のような関係だった。
一言話しかけることすら、死ぬほど恐ろしい。ずっと否定され、放置され、何かに怯えて生きてきた。だからそんなの、映画や漫画の話だと思ってた。

誰かに求められるほど、僕は真っ当な人間じゃない。

そんな思いは、嵐のような純粋さの前で崩れ去った。


彼を受け止めた瞬間、くすぐったいほどあたたかな思いが、胸から全身に広がる。朝の日差しに包まれるような心地よさに身をゆだねる。


僕の腐った黒い化けの皮が、ボロボロとはがれ落ちていく。

僕はそのままコウタ君を抱きしめて、メリーゴーランドのようにぐるぐると回りつづける。
僕は、失われた子供時代をやり直している気がした。




あぁ、生きている。



これだけで良いと思った。

あの時確かに、いのちの中心にある、もっとも尊いものにふれた。

全てが終わっても、全てに絶望しても、心から信じられる何かに出会った。

永遠のような一瞬に、命のきらめきをみた。


それは言葉では、到底形容できない。


すべてが、あの一瞬に詰まっていた。

本当に忘れてはいけないものが。

絶対に傷つけてはいけないものが

世界でいちばん大切にすべきものが。



まるで世界そのものが洗いながされて、キラキラと生まれ変わったよう。


僕はコウタ君を通じて初めて、自分は生きているのだと気づいた。
初めて僕は、一人の大事な人間なのだと気づいた。


全てのものがみずみずしく色づいた瞬間だった。



僕にとってそれは、どうしようもないほどのキセキだった。



➡3話「突然のわかれ」へつづく


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