感月 勇/Kanduki yuu

書くことが好きです。 面白い大学に通ってます。 応援してもらえたら嬉しいです。

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最近の記事

君が生きてる街の海

 雨が降った訳でもないのに、水を含んだ風が涼しかった。この町が海辺にあることを再認識させられる。傾き始めた太陽の色はまだ変わっていないのに、周りの風景は加工フィルターをかけたみたいに褪せて見えた。太陽の色が変わって沈み、暗くなるまではまだ時間がある。ひとつ小さく呼吸して、風の吹く方へと歩き出した。まだ、排気ガスの匂いしかしない。  向こうの駐車場に、ドームの方向を示す大きな看板があった。雨と潮風のせいか、一部が錆びている。まだついていない街灯には、選手たちの姿が印刷されたフラ

    • あなたと飲めば、なんだって

      「私さ、余命1ヶ月なんだよね」  ミサキが珍しく神妙な顔で呟いた。ちょうど腹ペコの僕が、カツ丼大盛りのカツにかぶりついたときだった。昼休みがとっくに過ぎている食堂では、声がいつもより変に響いた気がした。一度心臓が鼓動を感じるほど強く鳴ったが、すぐに無意識下の活動に戻っていった。カツをかみ切って咀嚼しながら、視線をミサキに移す。目は合わなかった。 「……エイプリルフールで噓をつけるのは午前中までだよ」  カツを飲み込んでから伝えると、ミサキがこちらを見た。しばらくお互い真剣な顔

      • 君が最後に笑うまで

         相手チームのチャンステーマを背に、階段を上がる。とてもじゃないけど聞いていられなくて、時間つぶしをかねてソフトドリンクを買いに向かう。売店の前で列を作っているのは、私と同じユニホームの人たちばかりだった。みんな考えることは同じだな、なんてぼんやり思いながらため息をついた。  最終戦も終盤に入った今日の試合。前日が悲しい結果だったこともあって、何とか今日は勝ってほしいと応援していた。けれど、本当にどうしてと嘆きたくなるような、見ていてつらい試合が進行していた。  売店スタッフ

        • 打たれたピリオドを想う

          『推しがいんたいしたんだがむりすぎる』  推し以外を変換する気力がなかったことが伺える文面。これを数日前に送りつけて来た友達は、今目の前で突っ伏している。  一旦会おうと私が言って、高校生の頃から通い詰めているファミレスに来た。ドリンクバーのカプチーノ2杯と、色違いのケーキ2つは、未だ1口も手を付けられていない。 「……もっかい見して、推しの記事」  声をかけると、友達は突っ伏したままスマホを差し出してきた。  ヒビの入った画面に友達の推しの誕生日を打ち込むと、ついさっき見せ

        君が生きてる街の海

          俺の心に 春一番

           3月も中頃だというのに、外は相変わらず寒かった。週末からは春らしい暖かさになるでしょう、と天気予報士が言っているのをもう3回は聞いた。今日は風が少しキツい気がする。待ち合わせ場所を第一食堂にしていて良かったと思う。先輩が先に着いていても寒くない。  昼過ぎの食堂は人も少なかった。奥の調理場では洗い物の音と換気扇の音、売店では冷蔵庫の音。そういう聞こえるというより、感じる音で埋め尽くされていて、静かなのに騒がしかった。  食堂を一通り回って、先輩が居ないことを確認する。比較的

          俺の心に 春一番

          影をもって、際立つは光

           彼がグラウンドに足を踏み入れた瞬間、張り裂けんばかりの歓声が起こった。それまでの両チームのホームラン、奪三振、好プレーの全てがかき消えるほどの熱と期待が渦巻き、声として、拍手として、あふれ出しているようにも思われた。球場にいた全員が、今日一番の歓声だと感じていた。――歓声を受ける、当の本人を除いて。  試合は3点ビハインドの九回表。おおよそ歓声が起こるとは思えない場面。勝ちパターンの温存のために送り出される敗戦処理。本来なら、彼が今マウンドに立つのはおかしなことだった。しか

          影をもって、際立つは光

          本日も、空振り日和

           机の上に置いたスマホが、太陽を反射して天井を照らしていた。キャンパスライフサポート室の窓に面した席は、僕のお気に入りの場所。流れている優しい音楽も相まって落ち着ける。最近、ここに来ることが増えている気がした。少し疲れているのかもしれないなんて、机につっぷしながら他人事のように思う。  スマホが静かに震えた。反射的にロックを外すと、野球ゲームの通知だった。ここひと月くらいログインしかできていない。通知バーをスワイプして、ラインを開く。1番上にあるトークには、何のマークもついて

          本日も、空振り日和

          貝に秘めたる 想いは知らじ

           部室のドアを開けると、澄んだ知的な瞳と目が合った。瞬間的に頭の中に『水晶』という言葉が浮かぶ。 「お疲れ様です」 「お疲れ様です~」  できる限り感じよく挨拶すると、穏やかな声が返ってきた。その声に心を溶かされながら、ドアから一番近い席に着く。先輩は向かいの斜め前の席で本を読んでいた。薄い青色の布カバーがかかっていて、内容はわからない。  先輩だけの部室は、いつもと雰囲気が違う。普段は優しくて面白い上回生方と気の合う同期たちがいる、置き去りにされた青春のような、楽しい空間。

          貝に秘めたる 想いは知らじ