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あなたと飲めば、なんだって

「私さ、余命1ヶ月なんだよね」
 ミサキが珍しく神妙な顔で呟いた。ちょうど腹ペコの僕が、カツ丼大盛りのカツにかぶりついたときだった。昼休みがとっくに過ぎている食堂では、声がいつもより変に響いた気がした。一度心臓が鼓動を感じるほど強く鳴ったが、すぐに無意識下の活動に戻っていった。カツをかみ切って咀嚼しながら、視線をミサキに移す。目は合わなかった。
「……エイプリルフールで噓をつけるのは午前中までだよ」
 カツを飲み込んでから伝えると、ミサキがこちらを見た。しばらくお互い真剣な顔で見つめ合ったが、先にミサキがニヤッと笑って舌を出した。僕の勝ちだ。
「くっそー、タダッチもダメかー」
 僕が勝利の飯をかき込んでいると、ミサキが天を仰ぎながら言った。コミュ力お化けのミサキのことだから、たぶん方々でこのわかりやすい噓を言って回ったんだろう。
「あとエイプリルフールにつく噓として、命にかかわるものはナンセンスだと思う」
「タダッチはマジメだなー」
 せっかく忠告してやったのに、ミサキはヘラヘラ笑ってレモンティーを飲んでいた。一瞬でも怖くなった自分が腹立たしいまである。むしゃくしゃする気持ちをカツ丼にぶつけようとがっつく。肉と米と卵なんて、旨いに決まってる。
「えー、もうなんなの。せっかくのエイプリルフールなのに、なんもできてないんですけど」
 途切れた会話を繋げるようにミサキが声をあげた。
「……そんなにエイプリルフールが好きなの?」
 あんまりエイプリルフールに気合いを入れている人を見たことがないので聞いてみる。すると不思議そうな顔をされた。
「え、だってイベントじゃん。せっかくなら楽しまないと損だよ」
 当たり前でしょ、みたいなトーン。なんともミサキらしい返事で思わず鼻で笑ってしまった。バカにするなと文句を言われたが、なんでも楽しもうとするところは、僕の好きなところ。
「……4月1日ってさ、居酒屋で乾杯の日でもあるらしいよ」
「なにそれ!!」
 カツ丼の合間に呟いた言葉に、案の定な食いつきを見せた。
「……『良い』乾杯とか、お酒での『酔い』とかがかってるんだって」
 今朝のネットニュースか何かで得た知識を話すと、目をキラキラさせて聞いてくれた。さっきまでの様子とは大違いだ。
「噓をつくよりも、楽しそうじゃないかな」
「さんせー!!! 今夜は居酒屋でけってー!!!」
 またまた大きな声で返事をしたミサキは誰を呼ぼうかと連絡を取り始めた。行動力もお化けだ。
「どこにするの?」
「いつものとこ。あの、突き出し美味しいとこ」「ああ。あそこか」
 駅の近くのお店を思い出す。あそこは料理も美味しいから、僕みたいにお酒をあまり飲まない人も楽しめるから好きだ。
「ねえ」
 食べ終わった食器を戻してこようと立ち上がったとき、声をかけられた。
「タダッチはお酒苦手なのに、私の飲み会は来てくれるよね」
「ああ、まあ」
 別に飲めない訳ではない。むしろ血縁的には強い方だ。進んで飲むほど好きではないだけ。だけど。「……ミサキがいれば、楽しいから」
「……ダウト」
 一瞬頬を赤くしたミサキが、目を細めて指さした。
「噓じゃないよ」
 大切な人と飲むお酒が、楽しくない人がいるはずないだろうが。

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