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自由に生きるためには、やっぱり「お金」が必要だよな……を今またここで久々に。

昨日知った『ねじまき鳥クロニクル』の舞台化のニュース(新潮社の村上春樹公式メルマガ?で知ったのだ、遅ればせながらに)。観に行きたすぎて、久々に「お金と自由」について考えている。さらに銀色さんの『つれづれノート36』を読みながら、“こんなふうに生きられるのは(物理的&現実的に)、やっぱり「お金」がある(自分で稼げている)からだよなー”と、冷静に(妬みではなく)しみじみ。

“お金がある”ということは、行きたい舞台のチケットを躊躇うことなく買えるということ。少しあれば高速バスで、もっとあれば新幹線で……と選択肢が増えるということ。「時間」を買える。「距離」を越えられる。大切にしたいもの・暮らし・生活を守りながら、自分のことも満たすことができる。

好きなときに好きな場所へ――そんなふうに心惹かれる瞬間って頻繁にあるわけじゃないし、例えば今回のこの舞台、観られるチャンスは「今」しかないんだ!って思うとほんと……“こういうときに、ぱっとそれを実行できない人生なんて(金銭的理由で)、なんてつまらないんだー‼︎  生きてる意味ねぇーーー‼︎”って絶叫したくなるわけだけど、今の私には仕事がない。稼ぎがない。金がない。家計はいつだってギリギリで、なのに働いているのは夫だけ。だから「行きたいよぉー‼︎」って口には出せても(今は素直に言えるようになった)、実行することはできない……よな、やっぱり。だって「自分のお金」はどこにもないもの。


「時間」があっても「金」がなくちゃあ、こういう種類の『自由』を味わうこと……自分で自分に与えることは、できないのだ。と、今またここで久々に。

「神さまぁー、未来で叶って豊かになっても、“今この瞬間”を味わえる『ライブ』のもの、『生』のものは、その時その瞬間にしか体験できないんだよぉーーー!!!」

そしてそれは、主に『東京』で行われる。ザ・トーキョー。ニッポンの首都。
「近い」と思えるか「遠い」と思えるかは、たぶん「金銭的余裕」の差?

せっかく、今、このとき、同じ時代に、同じ国に、存在しているのだから……。
そうだ、「同じ地球に」って思えるくらいの余裕が欲しい。心惹かれるとき、世界中どこへだって飛んで行きたい。目撃・体感したい。それら全部を『創作』に活かしたい。今よりもっと“豊かな”『物語』を綴れるようになりたい。



だから。
今日の私には嬉しいニュース。挑戦しないわけがない!☆p☺︎q☆


“ピンチとチャンスは背中合わせだ”って、今日みたいに自然に、深刻さは抜きにして思えるときは、ふわりと軽く飛び超えられるね。

「チャンス」と巡り会うことの幸せ。

こういうタイミングを逃さないために、私は今の生活を自分で選び、与え、生きているのだから。


✴︎


誰かが人生かけて取り組んでいることは、全部、叶うといいのにね。

チャレンジする&し続ける勇気を届けるためにも、私はやり遂げたい。

そして世界と遊び、踊り、全部を『物語』へと変換する。それが私の「愛」だし、そういうものを循環させたら、自然と“自分ひとりを生かすだけの「金」”が循環していくような、そんな世界があることを――私は信じる。

この「信じる」自由は、いつだって、“ここ”に。
今は“こっち”しか選べなくとも、この先に“♡ALL OK♡”の世界があることを、そして“ここ”がその入口になり得ることを、私はまだ、相変わらず、あきらめてはいないんだ!☺︎/*

(……うん。タイトルと違う結末。いつものこと?  飛べたってこと。“書く”という魔法で、私は今日も、「今日」を、繋ぐ☆  ☺︎/*\☺︎)




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“はじめまして”のnoteに綴っていたのは「消えない灯火と初夏の風が、私の持ち味、使える魔法のはずだから」という言葉だった。なんだ……私、ちゃんとわかっていたんじゃないか。ここからは完成した『本』を手に、約束の仲間たちに出会いに行きます♪ この地球で、素敵なこと。そして《循環》☆