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ちゅるのメール〜S先生

S先生へ

先生がくださったメールの内容に苦しんでいます。

>自分自身が作り上げている思考の枠組みに収まりきらない新たな「情報」と遭遇すると、「軋み」や「違和感」が生じる場合があるが、多くの人が結局は自身の思考の枠組みに沿って、「情報」を処理する。
これに対し、「軋み」や「違和感」の持つ意味を問い直し反芻する姿勢を持続できた者だけが、自己の思考の枠組み自体を再構成するきっかけを掴める。

―駄目だ、頭痛いです(笑))
まあそうは言ってもここまでは分かるんです。
ただ、 その後に続く、
『だから、自分の中に生じた「軋み」や「違和感」にこだわり続けなさい。』
が分からない。
軋み?違和感??生じたことないかもしれません。
正直、どんな考え方に触れても、軋みや違和感を覚えたことなんてないです。
受け入れられるし、疑問は持っても軋みや違和感はないような気がします。

新たな考え方を吸収して自分の考え方にする。……もしかしてこれ、ですか?
これなら、ずっと昔からやってきました。
自分の意見がそもそもないのでしょう、私には。
それが、様々なところから考え方を吸収し、今の私の考え方になっているのだと思います。
その証拠に、私は自分がよく知らないことに関して、本当に何の感情も考えも抱いていません。
私がそれらを抱くのは、説明され、自分で調べ、理解できてからです。

ただ、先生の言葉を繰り返し読んでみると、自分とは異なる意見にこだわるべきだと読めてきます。
異なる考え方に触れ、受け入れ、自分の考え方との不協和音を聞かなければならないのでしょうか。
それは、難しいことです。
ですがこれが出来たら、私は本当の意味で大人になれるのでしょうか。

メール、ありがとうございました。
また返信します。

ちゅるゆーか

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