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短編小説:「食卓とバチュラー」

【前書き】

皆様、お疲れ様です。
カナモノさんです。
今回も〝気持ち悪い話〟が書きたくて、〝ある主婦の一晩〟を妄想しました。結構長くなってしまいましたが、楽しんで頂けると幸いです。


【食卓とバチュラー】

作:カナモノユウキ


わたしの旦那は、食卓には必ずワインを要求する。
それも決まって、赤の辛口。
「今日ね、おいしいカリフォルニアワインを用意してみたの。」
「おお、良いね。しかもコレ、フルボディか。」
「うん、今日は特別な日だもの。」
ワイン通ぶるバカなこの男と、わたしの最後の食卓だもの。
ワインを出し終えたわたしは、キッチンに隠れて愛する彼にラインを打つ。
『今日も出したよ、奮発して高いワインにしたから上機嫌。』
『良かったね、じゃあ彼はまだ気づいてないんだ。』
『うん、体調不良も忘れてる。』
『なら、メインディッシュまでイケるね。』
わたし達の最終地点は、メインの肉料理。
そこまでイケば、目的は達成される。
スマホをキッチンの隅に置いて、ニヤけそうな表情を堪えて、旦那に前菜を運ぶ。
「おまたせ、フルーツトマトと水牛モッツァレラチーズのカプレーゼだよ。」
「今日は素材に拘ってる感じだな、結構買い物大変だったろ。」
「うん、まぁね。」
「嬉しいよ。」
今更喜んでも遅い、あんたの喜ぶ顔なんて見る気ないのよ。
結婚して十年、これまでだって手の込んだ料理を出したのに。
最初の半年だけ新鮮な顔して、一年も立てばもう当たり前のような顔していたじゃない。
何を出しても、「うまいな。」「これいいな。」ぐらいで。
食事の文句は人一倍言うじゃない。
所詮、〝素材〟にしか興味ないのね。
「この水牛のモッツァレラ、赤ワインに合うよ。」
「それは良かったね。」
「このオリーブオイルも、何かこだわったりしてるの?」
「ええ…、結構いいヤツ買ってみた。」
あなたに誂えた特別なオイル、他の料理にも〝特別〟を誂えたんだから。
食べ終えた前菜を下げる為にキッチンへ行って、また愛しの彼に連絡を入れる。
『ちゃんと食べてくれた、オイルがおいしいってしっかり舐めてた。』
『最後の晩餐に相応しい美味しさで良かったね。次はスープか。』
『うん、けっこう自信あるから、全部飲んでもらえると思う。』
『華さんなら大丈夫だよ。』
ああ、いつもわたしに優しいカルロス。
この計画も、彼が提案してくれた。
絶対にやり遂げないと。
冷蔵庫からスープを取り出し、とろりとした白い液体を器にそそぐ。
「ハイ、冷製オニオンポタージュよ。」
「へー、白いのにオニオンスープなんだ。どれどれ。」
汚らしく音を立てて、スプーンから吸い上げる姿。
見ているだけで吐き気がする、わたしから10年という長い時間を吸い上げたような音。
「うん!うまいよ。なんか隠し味に入れてる?」
「あー、摩り下ろしたにんにくを少し。」
「なるほど、少しピリッとするのはそれか。」
またバカなことを言って、そんな訳ないでしょ。
そうしていつも気付かないのね、あなたって人は。
わたしがあなたの浮気に気付いていたことも、あなたは気付いていなかったものね。
結婚一年目からずっと、毎年毎年代わる代わる、新しく気に入った〝素材〟を見つけては食べ漁る。
そんなあなただから、この隠し味にも気付かない。
「いやー、冷たいスープってのもいいもんだな。」
「そうでしょ?」
あなたへの気持ちを表したから冷たいのに、喜ぶのね。
つくづくめでたい頭だわ。
「なぁ、華も一緒に食べようよ。」
「わたしは作ってる最中に食べて、お腹いっぱいだからいいの。気にせず、味わって。」
「そうか?なら遠慮なく。」
遠慮なんてしたら、あなたらしくないじゃない。
長年浮気なんて愚行を続けた、遠慮しらずのあなたなんだから。
「誕生日の細やかなお祝いだもの、美味しくいただいて。」
「ありがとう、華。」
読み通り、スープも綺麗に飲み干した。
またお皿を下げて、カルロスに状況報告をしなきゃ。
『やったよ、全部飲んだ。』
『あと二品か、もうゴールは目前だ。』
『うん、必ずやり遂げる。』
『頑張れ、ボクの愛しの華。』
彼が居てくれるから、わたしは生きてこれた。
五年前。社宅となっているマンションのエントランスで、たまたま出会った彼。
フランス人とのハーフで、身長もルックスも、仕事や性格も完璧。
うちのバカと比べてしまうと、正しく月と鼈。
わたしの心の支えは、こんなバカ男ではなく、彼になった。
「華、次は何だい?」
「次はね、あなたの大好物よ。」
秋鮭のムニエル、これには特別なバター醬油ソースを添えて。
しっかりと気持ちも込めたわ。
「流石、俺の好物を分かってるね。」
知りたくも無かったけどね、長く一緒に居ると覚えてしまって嫌だわ。
あなたの好物に癖、好きな匂いに好きなブランド。
今夜あなたと決別をして、わたしは全てを忘れるわ。
何もかも捨てて、忘れてやる。
「んー!身が柔らかくて、油もしっかり乗ってて、いい素材だわ。」
「そうでしょ?今日の為に厳選したの。」
「いい誕生日だ、ありがとう華。」
「安広が喜んでくれて、良かったわ。」
まだ終わるには早いんだから、こんなとこでお礼なんてやめてよ。
ホント、馬鹿な安広。
自分が祝われるときだけ優しくて、他の時間は全部冷たい。
わたしのことを家政婦としか考えていないくせに。
本当に都合がいい、頭が単純なんだから。
「美味すぎてもう食べ終わっちゃった。」
「ホント、早いわね。」
「ソースが絶品で、いつの間にか消えてたよ。」
「あらあら、それは良かったね。」
これまでの料理を全て綺麗に平らげてくれて、わたしも嬉しいわ。
いよいよ、メインディッシュの肉料理。
はやる気持ちを抑えて、食器を下げて、肉料理を温め直す。
この時間が大事、食べたものをしっかり吸収してもらうために。
スマホにはラインか届いていた。
『魚料理は上手くいったみたいだね。』
『うん、今肉料理を温め直してる。』
『なにか変化は起きてるかい?』
安広に目をやると、〝発汗・うつろな目・手の震え〟が見て取れる。
もう下準備は整った証拠だ。
『症状がしっかり出てる、これでもう終わるわ。』
『気を抜かないでね。』
『わかってる、ありがとう。』
肉料理が温め直ったころ、安広の様子は〝酔った〟ときよりも出来上がったような感じだった。
さぁ、最後の晩餐のメインディッシュ。
「おまたせ、国産黒毛和牛のヒレステーキよ。」
「おぉ…凄いな、高かったろ。」
「へそくり奮発しちゃった。」
「ほんとか…ありがとな。」
喋り方もたどたどしくなってきた。
もう、最後が近いんだ。
こんな多幸感、味わったことないかもしれない。
グラスに目をやると、ワインが空になっているじゃない。
「あら、あなたグラスがからじゃない。」
「ああ?あー、なんか嬉しすぎたからかなぁ。…酔っぱらったみたいで。」
「あともう少しでボトルも空になるし、最後まで吞んじゃったら?」
「おー、じゃあ注いでくれ。」
わたしはグラスに最後の一滴までしっかりと注いだ。
この日のために買った、特別な〝毒〟を入れたワイン。
ワインだけじゃないわ、前菜のオリーブオイルやスープ。
さっきのバター醬油ソースだって。
特別な毒をたっぷりと、入れてあげたの。
毎日少しづつ、少しづつ、この特別を咥えていたけど。
今日ほどでは無かったわ。
「さぁ、安広…食べて。」
「うん……いただきます。」
震える手で肉を切る姿を、どれだけ待ち侘びたか。
安広は特別なソースをタップリと付けて、肉を口に運んだ。
もう、笑顔を隠し切れない。
「んー、これも……うまい。」
「そうでしょ?今までの料理全部、美味しかったでしょ?」
「うん…これって、なんか…入ってる?」
「何かって?」
「あー、なんか…薬とか。」
朦朧として、目の焦点もあってない顔でわたしを見つめる安広。
やっと、気付いたのね。
でももう、遅いわ。
「もちろん、毎日入れていたわよ。気付かなかったの?」
「え?毎日?」
「この三か月間ずっと、あなたの料理に毒を入れていたわよ。」
「毒だって?え?何言ってるんだ。」
「わたしもね、あなたを見習って浮気したの。その浮気相手がね〝旦那さんを消そう〟って言ってくれたの。嬉しかったわ、私の味方なんて誰も居なかったんだもの。あなたがこのマンションの女とばっかり浮気するから。
ママさん連中からは目を付けられていじめられたり、子供も作らないから、あなたのお母さんからいびられたり。毎日毎日生きてる心地がしなかったのよ。そんな時にカルロスが表れてね、〝毒〟を用意してくれて。
計画も一緒に考えてくれたの!もう凄く優しい!イタリアのハーフだけあってイケメンでね。わたしの全てを分かってくれたわ。もう安広に囚われたくないの、だからもうあなたを殺して、自由になるの!」
語り終えたころには、安広は虫の息だった。
「俺が…わるかったなら……はやく、いって…くれよ。」
「いってどうなるもんですか!言って直るような性格じゃないのは、わたしが良く知ってるんだから。」
「はぁ…はぁ…、許してくれ、…華。」
「残念だけど、もうそういうことじゃ無いの。わたしには、カルロスがいるんだから。」
「カルロスって……だれだ。」
「カルロスはこのマンションに住む男の子じゃない、IT企業のCEOで、わたしの心の支え!
 ハイスペックなのに独身で、しかも一途なの!そんな彼が、わたしを愛してくれているのよ。このわたしを。」
「そんなやつ……はぁ…はぁ…、このマンションにいないぞ。」
「バカなこというな‼カルロスは居る‼お前が知ってる訳がない‼いい加減なこと言うな‼このバカ野郎が‼お前みたいな二流企業の万年係長で‼浮気しかしないろくでなしが‼カルロスの名前を呼ぶなぁぁぁ‼」
激情に駆られて横から蹴り倒したら、無様に転げてそのまま動かなくなった。
ホント、最後までイライラさせてくれる奴だった。
緊張が解けて、膝から崩れ落ちる。
震える手で顔を覆って、言葉が漏れ出す。
「あー……終わった。」
しばらくして手を開くと、血も吐かず、ただ汗だくに冷たくなった〝元・旦那〟がそこにあった。
触れるまでもなく、空を見上げて動かずにいる。
やった…やったんだ、わたしはやったんだ!
これで、カルロスと暮らせる!
『おめでとう、華。』
気付くと、元旦那の横でカルロスが手を広げて待っていた。
『ありがとう!カルロス!』
その広げた腕に飛び込んで抱きしめてもらう、これを…この瞬間をわたしは待っていたんだ。
嬉しすぎて、枯れたはずの涙が溢れ出す。
『やったよカルロス、あなたの言う通り、毒を盛り続けて…今日、あいつを殺せたよ。』
『見ていたよ華、よく頑張ったね。これでいつまでも、一緒だね。』
『ありがとうカルロス、わたし嬉しい。』
カルロスは音のない殺風景な食卓の周りで、私の手を取りダンスをし始めた。
手を引いて笑顔のカルロスとわたし。
これからは手を取り、二人で暮らすんだ。
……たとえ愛しのカルロスが、鏡に映らなかったとしても。
リビングの姿見に映る姿は、手を広げくるくると踊る、見たことのない顔のわたし一人だった。


【あとがき】

最後まで読んでくださった方々、
誠にありがとうございます。

温く過ぎる日常で〝辛い〟と感じて、そのまま「何とかなるだろう」とたかを括っていたらどうしようもなくなる、そんなことって結構あると思うのですが。
そこに少しでも〝狂気〟って感覚が混じると、人間とんでもないことになるんじゃないかな……と思って書いた作品です。
あと最近ホラーを上手く書いてみたいので、そのチャレンジとしてかいた部分もあります。

力量不足では当然あるのですが、
最後まで楽しんで頂けていたら本当に嬉しく思います。
皆様、ありがとうございます。

次の作品も楽しんで頂けることを、祈ります。
お疲れ様でした。

カナモノユウキ


【おまけ】

横書きが正直苦手な方、僕もです。
宜しければ縦書きのデータご用意したので、そちらもどうぞ。


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