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『子ども白書2022』ができました(3/5)先行公開 特集にあたって①「子ども社会」を大切にしながら変化を乗り越える(森本扶・子ども白書編集委員長)

 1964年の創刊以来、今年で58冊目を迎えた『子ども白書』(日本子どもを守る会編)。児童憲章の精神に基づき、子どもたちが安心して暮らし、豊かに育ち合っていける社会の実現をめざして刊行を続けています。今年の特集は「オンラインで変わる子ども世界 コロナ禍からの問いかけ」。かもがわ出版のnoteで内容を一部公開していきます。今回は、特集にあたって①です。

特集にあたって①             「子ども社会」を大切にしながら変化を乗り越える(森本扶・子ども白書編集委員長)

オンライン空間はかつての「子ども社会」?!

 かつて子どもたちは、里山で路地裏で繁華街の一角で、おとな社会とは相対的に独立した「子ども社会」を作っていました。群れ集う彼らはさまざまな 遊びやサブカルチャーを創り出し、その発想を自然環境や漫画やテレビなどから得て、その道具を野山や駄菓子屋やショップから調達していました。おとな立ち入り禁止の彼らだけの自治的な世界。あの自由でスリルに満ちた気分、いくぶんあやしげな解放感、日常の「正しさ」や約束事を脱して「もう一つの世界」を集団で作り上げるワクワク感。そんな雰囲気が充溢していました。予定調和ではない世界なので決して安全ではないし、けんかや問題行動も日常茶飯事です。しかしだからこそ子どもたちは試行錯誤し、何かを創り出し、危険や困難を乗り越えようとしました。彼らの成長を支えていたあの「子ども社会」はもう失われてしまったのでしょうか。

 確かに群れ遊ぶ子ども集団はほとんど見られなくなりました。消費を核とする遊び文化は群れる意味を消失させますし、管理が行き届きすき間のない活気の薄れた地域・繁華街や、おとなが用意した「健全」な遊び場・居場所では、「もう一つの世界」をつくることも難儀です。

 しかし、かつての「子ども社会」に似た雰囲気が今、オンライン空間にあるとは言えないでしょうか。無料もしくは安価で発想や道具を調達でき、子どもたちだけの企ての世界を作りうるオンライン(特にSNS やゲーム)空間は、彼らの群れ集う欲求を強く刺激しています。彼らはそこで自由やスリルを満喫し、問題を引き起こしては解決し、何かを創り出そうともしています。

 確かに中毒や依存にともなう心身へのリスクは大いにあります。度をこえた誹謗中傷やより巧妙になった消費社会の罠があることも忘れてはいけません。情報格差の問題もあるでしょう。したがっておとなによる管理・教育・啓発は必要です。しかし、その方法は子どもの視点に立ったものでなくてはいけません。そもそもオンライン空間に子どもたちが強く魅かれるのは、人間の成長欲求に裏付けられた「子ども社会」を希求する彼らの想いが根底にあること。ここを忘れてはいけないと思うのです。

 子どもの権利でいうなら、権利条約第15 条(結社・集会の自由)にみられる子どもの自治の概念と、第31 条の遊び・文化の権利の融合の視点、これを取りこぼさないようにしつつ、保護や発達の権利との一体的な保障を進めていきたいものです。

コロナとオンラインで変わる子ども世界にどう向き合う?

 これまでもネットやICTというテーマは特集候補になり続けてきました。デジタルネイティブ(生まれた時からインターネットがある世代)がバズワード化したのは2010 年代。「現実の出会いとネットでの出会いを区別しない」「相手の年齢や所属・肩書にこだわらない」「情報は無料と考える」などと特徴づけられ、従来の常識や価値観にとらわれない考え方や行動力をもつこの世代が世界を変える。そのような可能性が語られる一方、数々のリスクに関わる議論もなされ、弊誌でも「子どもとメディア」領域を中心に取り上げてきました。

 さらにコロナ禍は、ICT 化の流れをより一層加速させ、子どもたちの家庭や学校での生活も大きく変えました。遊びなどのプライベートな領域だけでなく、学習などのパブリックな領域にもICT・オンラインの技術が根付き、常にオンライン空間とともにある生活が珍しくなくなってきたことが特徴でしょう。2020、21 年版の特集・最前線でもこうした話題を取り上げました。

 今やICT・オンラインと子どもをめぐる議論は多岐にわたっています。編集委員会では、「情報がAI で個別最適化されると子どもの体験の質はどう変わるか」「コロナを機に急速に進む教育政策のICT 化とそれに追いついていない学校現場の問題」「オンライン中毒や依存が自己責任化してしまう問題」「顔名空間だから気を使わず本音が出せるという魅力」「しがらみなく社会運動を展開できる魅力」「デジタル資本主義社会で求められる人材と教育への影響」「オンライン空間にプライベートとパブリックが混在する問題」などが話し合われました。そして、光と影、ミクロとマクロ、さまざまな角度から取り上げることのできるこのテーマを、コロナ禍問題も絡めながら特集化することにしました。機が熟したといえるでしょう。

 デジタル、ネット、ICT といくつかキーワードがあるなかで「オンライン」という言葉を採用した理由は、五感・身体性が制限されていること(オフラインとの対比)を強調するためです。つまり、オンラインだから子どもたちの体験がシステムに囚われているともいえるし、一方で、オンラインだから彼らは場所や時間や利害関係をこえて気兼ねなくつながることができているともいえる。そのような両義性をこめた言葉として使用しています。

 メタバースなるオンライン空間の進化形に注目が集まっていることを考えると、情報通信革命の登山はまだ5 合目あたりなのかもしれません。この時代を生きていくわれわれには、適応力と同時にしなやかな自己コントロール力が求められます。ではその際子ども世代とどう対峙すればいいのでしょうか。いったん子どもに合わせ、子どもに組み込まれてみて自らを再構成していく。その上で彼らに押し寄せるリスクをシビアに見定め対応していく。ケアの本質にも似たこのような姿勢が大切ではないでしょうか。子どもたちと共にこの急激な変化の波を乗り越えていきましょう。

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『子ども白書2022』