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現実は小説より奇なり #3

 看護学校といっても学校自体は新しく、生徒数も少なくアットホームな学風で、時間数なども高校と変わらず、高校の延長のような学生生活を送り出していた。

 専門学校に入ると私はすぐ、美容室で髪を明るくした。高校では禁止されていたがパーマをかけたりしていた私は、ヘアスタイルにはそれなりに興味を持っていた。中学の頃も明るい髪の色に憧れてオキシドールやら、コーラやらで明るくならないか試したくらいだ。

 美容室というのは独特な空間で、来店した時より帰る時のお客様の満足した感じに不思議な感覚を覚えた。
 当時パーティーコンパニオンや居酒屋でアルバイトをしていた私は、酒に酔ったお客様を多数みていたが、お酒が入る空間というのは、訪れた時は楽しそうにしているが、帰るはストッパーが外れて乱れている場合が多い。楽しい時間が終わり寂しがる人もいれば、明日の仕事へ行きたくないと愚痴る人もいる。下手すれば何があったのか不機嫌に帰っていく姿さえ見られる。
 ただ、美容室に来店される方達にはそれがなかった。美容室に来て帰っていく人は、来た時よりも充実した感覚で帰宅していく。
 美容室に来る方は、多少なりとものマイナスの感覚を持っていたりするのだろう。帰る時には浄化されて最高潮のメンタルで帰っていく。
 もちろん私自身も美容室に行くのは楽しみだった。それまでパッとしなくても、何かが変われるかもしれないという期待。変わったねと周りに言われたいという希望。綺麗になるというのは、姿の変化よりもメンタル的な癒しが多かった。

 アルバイトで稼いだお金は、服やメイク道具、そして美容代へ消えていく。自分が少しでも綺麗になるための投資だった。

 自分のお金で何度も美容室へ通っていくようになると、意識をして美容師という仕事を何度もみるようになり、少しずつ美容師への憧れが大きくなってきた。反面、通っている看護学校ではやはり刺激はなく、興味もそこまで持てずにいた。
 看護学生で将来看護師を目指している中で、アルバイトをしながら社会というものにふれ、将来これが本当にやりたい職業なのか…などをぼんやり考える事が多かった私には、少しずつ芽生え出している自分の気持ちがそこにあった。

 「美容師になりたかった」

 ただ、そう考えたはいいが実際は看護学生だ。せっかく入学し、家族にも親戚にも大賛成された安定した職種だ。あわなかったから、やっぱりやめて美容師になるといったところで納得してもらえるはずがない。
 私的には同じ国家資格でもあるし、興味のある職種の方が長く続くのではないかとも思ったが、実際それをプレゼンできるほど、自分に美容師の才能があるわけでもない。
 1999年の終焉を目の前に、美容師に転向するというのもなんだか違う。

 その後、私はモヤモヤと居酒屋のバイトを続けるのだが、毎週日曜日の新聞に入る大量の求人広告で自宅からすぐ近くの美容室が求人広告を出しているのをみつけた。
 パート・アルバイト・正社員募集だった。もちろんしっかりその中に「要免許」と書いてあったのだが、若さは時に怖いもの知らずだ。「アルバイトでもいいから美容師を経験してみたい。」という自分勝手な理由で「要免許」は見てない、しらない、気づかない。
 資格もないのにアルバイトとしてその求人広告に問い合わせることにした。


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