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東バイエルン州U12選抜としてバイエルンミュンヘンと同じ大会に出た日

次男の21−22シーズンも、大きな怪我もなくおかげさまで無事終了することができました。一学年上の、かつリーグのレベル的にも過去最高のレベルで挑んだリーグでの戦いについてはまた改めて書くことにします。

今回はそんなリーグの最中に召集されて行われた東バイエルン州 U12選抜での話を少しさせてください。

これまでにも書いていますが、次男は地区トレセンの中から東バイエルン地方全体で選ばれた40名ほどのリストにストックされています。ストックされている選手は毎週火曜日に行われる練習会や練習試合に召集されることがあります(目的によって招聘されるメンバーは都度変わります) 。今のところ割と頻繁に呼ばれていて嬉しい限りですが、反面私たちが住んでいる街が東バイエルン地区と北バイエルン地区のほぼ境目にあることもあり、練習会場まで車で一時間以上かかることだけが苦しいところです。。。

チェコ地区代表との交流戦

まずは隣国チェコとの交流戦第2回。前回はチェコのクラブチームとの対戦で大差で勝利しましたが、今回の対戦相手は同国のボヘミア地方選抜。選抜同士の交流戦に招聘されました。東バイエルン選抜を2チームに分け、ボヘミア選抜を迎えて3チームの総当たり戦です。まだ暑かった季節のことであり、またいつも U12で行うフィールドよりも広いフィールドでの戦いでもあり、苦戦を強いられました。次男はトップ下、あるいはボランチでの出場。ロッカーに行くとユニフォームが置いてあり、ホワイトボードに名前の入ったマグネットが貼ってあるのがプロみたいでかっこいいと言っていました。

結果はというとどちらの試合も東バイエルンチームの敗北となりました。後で他のお父さんから聞いたところでは、対戦相手のボヘミア選抜は普段からチームとして活動していて積極的に海外との対抗試合を行なっているとのことで、イングランドのチェルシーなど様々な強豪クラブと交流戦をして互角に闘っている強豪らしく、まだチームを組んで2試合目の東バイエルン州選抜には若干荷が重かったかもしれません。それでも要所で各プレイヤーの光るプレーが見られ、コーチから試合後送られてきた総括レポートにも『チャンスをきちんと決めていればこっちが大差で勝っていたかもしれない試合内容であったため、さほど悲観することはない』と書いてあるように、紙一重のチャンスを決めきれなかった部分は悔やまれますがそれでも一定の手応えが感じられた試合でした。

クラブチームと異なり、選抜のコーチは小学生年代といえどしっかりとライセンスを持ったコーチが見てくださっているので指導は事細かく、練習試合の際にはハーフタイムにロッカーに戻るとポジションごとに細かな改善点を伝えられるそうです。次男は前半にディフェンスの付き方を間違っていたらしく、ベンチから大声で『お前何しとんじゃい!!』と叫ばれるというおもしろ事態になったのですが、ロッカーでコーチに何がおかしかったのか確認したところ、戦術的にボランチのマークのつき方、切り捨て方を説明してもらった上で正しい動き方を説明してもらったそうで次男も納得して戻ってきました。そのコーチと分析官からのひとまず合格点の評価は、多くの親たちをホッとさせたと思います。

ポジションチェンジの苦悩

夏までの間、選抜トレーニングは毎週のように行われました。おそらく次男は八割ほどの頻度で招聘されてトレーニングに励んでいたと思うのですが、いずれの場合も次男が任されるポジションは普段チームで担当しているサイドハーフあるいはフォワードではなく、いつもトップ下かボランチでした。次男は経験したことのないポジションに目に見えて苦戦していました。

ボランチに配置されて以来、次男のところでボールを失ったりパスをカットされることが多くて側から見てハラハラヤキモキすることが多かったです。友達の日本人でこちらでサッカー選手をしていた知り合いに相談して、その複雑さ解説してもらい初めてフィールドの真ん中にいることの難しさが少しわかりました。それまではポジションによって異なる動き方や役割の違いがさっぱりわからずYoutubeで「ボランチの動き方」を探してはなんとかヒントはないか、
と探す日々でした。

難しいところですが、シーズン真っ盛りの自チームではバリバリサイドハーフかフォワードなどの端のポジションで活動しつつ、選抜に行くと真ん中です。なかなか慣れるのに時間がかかりました。それでも少しづつですが、だんだんと周りを見ること、見るというよりもスキャンしてどこに誰がいるかを味方と敵とどちらも把握しながら動くということを意識しながらサッカーをすることができ始めたかな、ぐらいの感覚でシーズン終了間際の選抜の大きな大会を迎えました。

シーズン最後の大会

この大会は各年代で行われる、地区のトップレベルを集めて視察、審査を目的にしたワンデイトーナメントです。主催である我らが東地区からは2チーム、それに西南北バイエルン州選抜、そして地区にあるブンデスリーガ下部組織の U12チーム5チームを招待して、計10チームを二つのグループに分けて行われました。招待されるユースチームの中にはあのバイエルンミュンヘンがいます。

次男はweis(白)チームで出場

次男もずっと以前からバイエルンと試合出来るかも!と、この日を心待ちにしていました。彼個人の事情としても、参加する地元のユースチームNとFには小さい頃から練習参加したりセレクションを受けたりして来た関係もあり、今の自分がどれくらい出来るのかを確認できる貴重な機会と捉えているようでした。

だがしかし。

大会の数日前に発表された組み合わせ表を見てみると、東バイエルン州 U12チームはユニフォームの色で白チーム・緑チーム2チームに分け、それに西南北バイエルン U12チーム、各ユースチームを加えてシャッフルされ、2つのグループに分かれていました。残念ながら次男はいつも入っていた緑チームではなく、白チームに登録されており、白チームはバイエルンミュンヘンとは同グループではありませんでした。グループを勝ち上がって準決勝に進まない限り、そしてバイエルンが勝ち上がってくれない限り実際に戦うことができないということがわかりました。

付き添いで見にきてくれていた元サッカー選手曰く、バイエルンと同組に入った緑チームは、明らかにAチーム。比べて次男の入った白チームはおそらくBチームであろうということで、以前まではAチームに入れられていた次男が、ここ数回の練習内容からBチームに回ったと判断した方が良さそうです。

しかし、この大会は次男にとってまた新しい試練となりました。

試合形式は20分一本勝負。1試合目は次男もなじみの地元のブンデスクラブユースN。次男の振り分けられた白チームはメンバーをふたグループに分け、1試合ずつ交代するようで、次男を含めた9人はベンチから見学です。激しい展開の中結果は2−1白チームの勝利、次男ともう1人は試合終了間際に3分ほど出場し、よく見知った選手たち相手に奮闘し、守備固めに貢献しました。

2−1で勝利

2試合目、次男は真ん中ポジションで出場。対戦相手は強豪クラブユースA。しかしここで、思ったようなパフォーマンスができず、次男にボールが渡ったところで奪われる場面が見られ、相手の先制を許してしまいます。その後も相手のコーナーキックから次男がマークを外されて失点、2−0で敗れてしまいます。思いっきり自責点ってやつです。しかし落ち込んでいる暇はありません、次の試合に向けて切り替えです!

2−0で敗北

3試合目、次男たちと違うグループで南バイエルン選抜と対戦。全体的に試合をコントロールしていたのは東チーム。次男は残り5分ほどで出場、攻撃で貢献し、1アシストを残しました。試合は2ー0で勝利を飾り、勝敗成績は2勝1敗、準決勝に進むためには次の試合を絶対に落とすことができなくなってしまいました。

2−0で勝利

4試合目、次男のグループが出場するはず…でしたが、なぜか出場していたのはほぼ全員先ほどの試合で勝利を収めたグループです。あれ?と思っているうちに試合は進み、明らかに疲労困憊の白チーム。それでもメンバーを入れ替える気配のないベンチ。見ている方でこれだけ焦るんですから、当然横で見ている次男たちもフィールド脇で応援しながら一生懸命アップを続けます。コーチにも何度も声をかけている様子でしたが、そうしている間に対戦相手の下部組織チームに一点が入ります。焦る選手たち、動かないベンチ。変わらない展開…。残酷にも、そのまま試合は終了してしまいました。

1−0で敗北

過酷な現実です。前の試合でのパフォーマンスが戦うレベルに達していないと判断されたのでしょう。疲労困憊のチームメイトとも変えてもらえなかった、見返す機会さえも与えてもらえなかった。その無念さは、ロッカールームに戻る子供たちの痛々しい表情を見ればびりびりと伝わってきました。

残念ながら2勝2敗の結果で準決勝には残れず、白チームは5位決定戦に回ることになりました。

最終戦、改めて次男のグループが出場することになりました。その時次男はフィールドには立っていましたが、なぜかトップ下ではなく攻撃の最前線、フォワードにポジションを取っていました。のちに聞いたところでは、次男と同様に普段チームではボランチのポジションを取っている子がフォワードに登録されて苦戦していたので、2人で相談してポジションを交代しようと決めてコーチに直談判したそうです。コーチからの了承も得て、この最後の試合は本来のポジションで出ることになったということでした。

1−0で勝利

対戦相手はこれまた次男とも縁のある近所のクラブユースF、中には地区選抜に所属していた子もいるので次男としては負けるわけにはいかない、下手な仕事もできない、この日唯一残された汚名返上のチャンスでした。

結果は1−0で勝利、お互い点を取りたくて激しく攻め合いましたが、最後に抜け出した次男のシュートがポストに弾かれた後の混乱の中、何度かのシュートの後チームメイトが押し込んでくれて決勝点となりました。ベンチに戻ってから、ようやくコーチから良いプレーだったと声をかけてもらえたそうです。

大会は見事バイエルンミュンヘンの優勝で幕を閉じました。大会を通して全ての子供たちの勝利に対する強い執着は素晴らしく、どのチームもバイエルンには絶対勝ちたい!と向かって来る中、危ない場面もありましたが蓋を開ければ下馬評通り優勝という結果で終われるのはさすがとしか言いようがありません。同行者によれば、子供たち一つ一つのプレーやスキルはさほどの違いはなかったように見えるものの、他のユースチームがただ勝ちたいだけの個人頼みのサッカーをする中バイエルンだけはコーチの指示を聞きながら組織として頭ひとつ違うレベルのサッカーをしていたな、という印象だったそうです。次男としては、1日に何度も悔しい思いも体験できたことは収穫ですし、反面因縁の相手ユースNとFに勝利を収めることができたことに少し満足している部分もあったようです。自分が一緒にプレーして来た東バイエルン緑チームが予選でバイエルンに勝ち、準決勝で惜しくもpkで敗れるのを目の前で見たことも彼の中の何かのスイッチをまた一つ入れてくれたようでした。

結果として明確な課題も見つかり、同い年で最高峰のレベルを体験できたことは彼の将来にとって決して損ではなかった、と信じつつ、次回は緑で呼ばれてバイエルンと対決し、活躍できるよう頑張っていこう!と話をしました。

夏は日本に帰って少し日本の少年サッカーも体験させていただきました。その話はまた後日。

では皆さんお元気で。


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