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『兄の名は、ジェシカ』

今年の夏こそ読書の夏にする。そう決めている。

手始めに、青少年読書感想文全国コンクールの課題図書を読むことにした。高等学校の部で紹介されていたのが、『兄の名は、ジェシカ』だった。


この物語の主人公は、13歳の弟である。

自分のことを愛し、いつも助けてくれていた4歳上の兄が「トランスジェンダー」だと家族に告白したことから物語が始まる。


この家族の母親はイギリス首相の座を密かに狙う国会議員で、父親がその秘書をしている。特別な家族のようだけど、仕事に追われる姿や世間体を過剰に気にする態度は私たちの世界にもある見慣れた光景だった。

これまでの世界がそうだったように、この家族も兄の告白に対して強い反発、そして見て見ぬふりをしようとする。息子の悩みを若気の至りや病気で片付けてしまおうとする親には、激しい嫌悪感を抱いた。

しかし、兄弟が受けるクラスメイトからの偏見と差別、家族に対する周囲の反応は、受容することを一層難しくさせる。首相を目指す母親にとって、「トランスジェンダー」の息子をもつことは不利なことだった。見えない鎖にがんじがらめな母親も、本人と同じように苦しんでいた。


もし私が母親だったら、

素直に受け入れることができるだろうか。

今の私に、「できる」と力強く答える自信はない。


「トランスジェンダー」そのものを理解することが難しいのだ。

本人も、それを取り巻く家族も。

真実を受け入れるには大きな葛藤が伴う。


思春期の弟にとっては、尚更、難しい。

いつまでも勇敢な兄でいてほしい弟と、

女として生きることを望む兄。

物語の決定的場面で弟の口から放たれる「兄の名は、ジェシカ」という言葉には、その葛藤と受容の苦しみの末に見えた希望が込められている。