【ブラジル】五輪とデザイン
⚫︎2016/08/10 ブラジル・リオデジャネイロ
【一言日記】
前回に引き続き、今回もリオ五輪について。今回はデザインについて、日頃から思っていることも交えて書いて見ました。デザインに関しては、リオ五輪の数少ない成功点といっても良いんじゃないでしょうか。東京五輪のデザインを念頭におきながら、今回の五輪について振り返って見たいと思います。
※リアルタイムでPCが壊れてしまったため、なかなかスローペースになってしまっていますが、更新は最後まで続けたいとおもっています!
【五輪とデザイン】
▼イタリア代表のユニフォーム、かっこ良すぎ
リオデジャネイロの空港に降り立った瞬間、湧き上がる興奮。その最たる理由が、各国のユニフォームをまとった移動中の選手たちでした。中でも目を引くのがイタリア代表。EA7デザインのユニフォームのセンスは抜群で、ずば抜けていました。
こうやってオリンピックを実際に見てみるとつくづく思うのが「デザイン」の重要性。各国のユニフォームは勿論、街のいたるところにある案内板やロゴマーク、制服に包まれたボランティアスタッフなどいたるところがそれぞれのデザインに染まっています。リオ五輪自体のデザインは、黄緑や黄色をベースカラーとしデザインが展開されていて、視覚的にもブラジルらしさを楽しむことができました。ここで心配になるのが日本のデザインセンス。開会式の真っ赤なジャケットが話題に登ったのも記憶に新しいですね。
▼日本のデザインセンス
最初に断っておきたいのは、日本人は決してセンスが悪いわけではないと思っているということです。日本に一時帰国した時に、オシャレな人が多くてびっくりしたのを今でも覚えています。旅をしていても、日本のシンプルなデザインにあこがれている人は少なくなく、一定の評価を得ているという実感です。
ただ日本の一部の世代のセンスの悪さは世界的に見ても浮いているし、同じ日本人からみても違和感を覚えます。そんな一部の世代が、デザイン案を決める最終決定をしているシステムに、強い違和感を覚えるのです。
▼アートの良し悪しはお偉いさんが決めるんじゃない
そもそもデザインを含めたアートって、誰でも楽しめるように作られるもの。いくら1%のお偉いさんが良いといっても、残り99%の大衆がよくないと思ったらそのアートは作り手側の自己満足ということです。自分も長いこと音楽をやっていたのですが、いかに自己満足の音楽にしないか、というのは永年のテーマでもありました。
今回改めて決まった東京五輪のロゴも「日本伝統の組市松文が~」みたいな説明がありましたが、個人的にはユニセフのマークにしか見えませんでした(笑)こういう一大イベントだからこそ、もっと民衆の声に耳を傾ければ良いのに、と自分は強く思います。ロゴの決定の際もインターネットとはがきで一般の意見を募集したそうですが、それがどこまで反映されたのかは未知数。中々闇は深そうですね…
▼日本のユニフォームって・・・?
最近でも、観光ボランティアの制服がダサすぎると巷を騒がせていました。これも。ちなみにリオで人気があったのはハッピを着て応援していた日本人たち。五輪も「祭」なんだから、公式ボランティアスタッフは法被をモチーフにしたデザインにしたらウケるんじゃないかな、と個人的には思っています。
ついでに言うと、日本の「公式ユニフォーム」ってあんま無い気がします。実際に五輪会場ではサッカー日本代表のユニフォームを着たり、赤白の服を着たり、はたまたアニメキャラのコスプレをしたり、と他国に比べてまったく統一感がありませんでした。4年後までに、「日本といえばこれ!」っていうユニフォームが出来ていたら、応援にもより一体感が生まれるのかもしれません。
▼まとめ
ブラジル五輪は治安をはじめとして運営体制に関して色々不満が続出していますが、今の所デザインに関しての不満を聞いたことがありません。それほど満足度の高いものなんだと思います。ボランティアの方々も嬉しそうに支給された制服をきている様子でした。
五輪は世界中から注目を集める本当に貴重な機会。東京五輪では日本人の誰もが誇れるデザインで東京を彩ってほしいものです。
サポートしていただいた暁には、よりディープなエストニアを探訪してきたいと思います。今年は色んなサウナを巡る予定です。