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ショートショート【夢の中で】

これは夢だと気がついたのは、私が会社に到着し、誰もいない会社のロッカーで荷物をしまっていた時だった。

恐らく今日は平日だと思うのだが、そういえば電車にも、通勤路にも人っ子一人見当たらなかった。

感覚はある。カードキーを差し込む、エレベーターのボタンを押す、バッグの中でタンブラーが動く。

これはもしかして明晰夢なのかも知れないと思うと同時に少しだけ怖くなった。
すると、意識が薄れていき、次の瞬間私は自宅のベッドで横たわっていた。
今しがた体験した夢と思えないリアルな感覚をまだ覚えている。

次の朝、私は通勤中に明晰夢について調べた。
夢の中で夢だと気がつくと、その夢を自在にコントロール出来るようだ。

明晰夢なんてオカルトの類だと一蹴していたが実際見てしまった以上、認めざるを得ない。

そして何より、自在に夢をコントロールできるということに私は興奮していた。

なんと空を飛ぶことも出来るそうだが、あいにく私は高所恐怖症なので即却下した。

空は飛びたくないが、普段、現実世界で出来ないがやりたいことは山のようにある。

私は空いている時間があれば、明晰夢のやり方等を調べまくった。そしてスマートフォンのメモにやりたいことをリストアップした。

**
どうやら、成功したらしい。
ここ3ヶ月くらい何度も何度も試みたが失敗、または興奮のあまり引き戻されてしまうということを繰り返した。

成功したらまず、やりたいことは決めていたので迷わなかった。
私が今いるのは誰もいない、会社。
何台ものパソコンが静かに並んでいる。
私はすうっと息を吸った。

「皆さん、聞いてください!北村課長と前田さんはー、不倫してまーす!私みたんですー!この間ラブホテルから二人が出てきましたー!あとー北村課長は取引先の女子社員にも手をだしてまーす!クソ野郎が!!そして前田さんはー、めっちゃくちゃ性格クソ悪でーす!女子全員に嫌われてるし私も大嫌いでーす!」

息があがった。よくもまぁこんなに自分の口から告発分がつらつらと出たものだ。
これは相当気持ちがいい。
病みつきになりそうだ。

***
そして私は同僚の杉浦くんの部屋にいた。
私は杉浦くんが好きで会社でも彼のことをよく目で追ってしまう。
杉浦くんはとても仕事が出来て、それでいておごっておらず皆から好かれている。

杉浦くんの部屋にいるが杉浦くんはいない。
杉浦くんの部屋は意外と少し散らかっていて、
服や下着が脱ぎっぱなしになっていたり、
漫画本の巻数の順番がバラバラで収納されていた。

私は服や下着を畳み、タンスの中の服もサイズや色ごとに分けた。
漫画の巻数も揃えて、漫画や小説をあいうえお順に並べた。

ふと、ベッドの下に何か布のようなものが落ちていたのが見えた。
せっかく服をたたんで収納したのに。
拾うとそれは、ピンクのレース地のブラジャーだった。

***
また、私は誰もいない会社にいた。
私は迷うことなく、谷垣さんのデスクにクレンザーを大量に出した。

彼女はすごく神経質で特に掃除や整理整頓には厳しく、私や他の女子社員からも少々煙たがられてた。

「そんなに綺麗好きなら、これでもっと綺麗になるわね」
私はクレンザーがなくなるまで出し続けた。

***
おかしい。何かがおかしい。
仕事から帰って部屋に戻ると、妙な違和感を感じた。

ベッドの周りに散乱していた、服や下着がない。
確かに朝、ベッドの周りで脱ぎ着しそのままにしておいたはずだった。

ふと、タンスの方に目をやると、タンスが綺麗に閉まっていた。
俺は朝靴下を取る際引き出しを開けっぱなしにしていたはずだ。
中を見ると、背筋に冷たいものが通る感触がした。
下着、服、靴が全部綺麗にたたまれ、色ごとや大きさごとに整頓されていた。

乱雑に収納されていたはずの本棚も綺麗に巻数順に揃っていた。

谷垣美智子かと思ったが、彼女は綺麗好きだが勝手に俺の部屋を掃除するようなことはしない。

一度部屋の片付けをお願いしたことがあるが、自分の身の回りくらい自分でなんとかしなさいと断られたこともあった。

おかしい。美智子ではないとすると一体誰が…

顔を洗いに洗面台へ向かうと、思わずうわっと声を出してしまった。洗面器の中に美智子の下着があったのだ。その下着にはべっとり白い液体がついていた。

気持ち悪い…何だこれは。
恐る恐る下着を手に取ると洗剤のような匂いがした。クレンザーだ。

***
私は最近会社に行っていない。
退職したわけではない。
クビになったわけでもない。
もう行く必要がなくなってしまったのだ。

だって夢の中で充分だから。
夢の中をコントロールできるのだから。

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