見出し画像

そのゼリーは、故郷の海の味がした



 バスがトンネルを抜けると、広くて青い海がわたしたちを迎えてくれる。この石浜は、わたしの故郷の象徴だ。海沿いの民宿や飲食店をバスが通りすぎていくと、故郷に帰ってきたのだと実感する。


 バスが進んでいくと、そびえ立つ山と、もりもりと生い茂った草が見えてくる。


 「一面のク*緑」という漫画のセリフがあるが、わたしはあのことばが嫌いだ。

 緑いっぱいの故郷の風景を見ると、この穏やかな街に帰ってきたのだと実感する。コンクリートジャングルで蓄積された疲労が癒される。

 この自然とともに、わたしは生まれ育ったんだ。わたしの子どものころの暮らしには、いつもそばに木々や草花があった。
 そういった人々の生活とともにある自然を、安直に「なにもなくてつまらない田舎の象徴」として記号化しないでほしい。


 重い荷物を抱えながら、おばあちゃんの家に行くためにわたしは狭い歩道を歩いた。車がそばを通りすぎていく。

 家までの道を半分くらい歩いたころ、向こうからおばあちゃんがやってきた。

「荷物、持とうか?」

「ううん、大丈夫」


 二人で、おばあちゃんのみかん畑がある山に登る。
 坂が急で足がしんどい!
 よっこらせ、と言いながら坂を上り、みかんの木のそばを歩いた。



 その日の晩はおばあちゃんが豪勢な焼肉をふるまってくれた。
 おいしい!

 小さいころは盆と正月には親戚みんなで集まって、こうしてみんなで焼肉を食べたなあ。今はもう、親戚全員で集まることはできないけれど。


 夜になるとおばあちゃんがお風呂のお湯に手をつっこんで、湯加減を調整してくれた。

 お風呂場には緑の缶の入浴剤が置いてある。子どものころおばあちゃんの家に泊まりにきたときによく見たものだ。

 これが高級なものだと知ったのは、大人になってから。聞くと、人からこの入浴剤を譲ってもらっているらしい。おばあちゃんの人とのつながりには驚かされる。



 明け方、わたしは山の奥に上っていった。

 歩いていると突然大きなブザーの音が鳴ってびっくりする。どうやら動物避けらしい。
 木の枝にはでっかいクモの巣。雑草が足元をおおうほど生い茂っていて、ところどころ大きい虫がいる。虫が足につかないように気をつけて歩く。

 山の上から、緑豊かな景色を眺める。この山は、子どものころによく登った山だ。
 
 この景色を眺めるのが好きだった。この景色を見ていると、気持ちがととのう。



 わたしとおばあちゃんは地元の大きい神社に向かった。

 神社の売店では、子どもがおみくじの売り子をしている。神社から少し歩くと物産店があった。お昼までまだ時間があったので、わたしたちはそのお店を見て回った。

 緑色のビンのみかんジュースは、おいしいと相場が決まっている。子どものころから飲んでいるから分かる。わたしはジュースを手にとった。

 いろいろ見ていると、あるものに目が留まった。

 水色のゼリー。故郷の海の名前がついている。

 いったいどんな味がするのだろう。気になったので、わたしはそれを買うことにした。


 近くのご飯屋さんが開店するまでの間、わたしたちは浜の堤防に座った。

 子どもが浜で凧揚げをしていて、どこまでも走っていく。

 風が吹くこの場所は、子どものころハンバーガーを買って家族で一緒に食べた場所。

 この海を見ていると爽やかな気分になる。時間になるまで、わたしたちは海を眺めながらゆっくりだべっていた。





 充実した故郷での時間が終わり、名残惜しくもわたしはバスに乗って自分の家に帰った。

 車窓の景色からだんだん自然が減り、コンクリートジャングルへと戻っていく。



 家に着いた翌日、わたしは例のゼリーを食べることにした。

 スプーンをビンにさして柔らかいゼリーをすくい、それを口に運ぶ。


 わたしは衝撃を受けた。このゼリーは、ほんとうに故郷の海の味がするのだ。
 
あの海がありありと思い浮かぶ。日光が当たって水色の光を映す水面。穏やかに寄せては返す波。ひとの集まる、少し歩きづらい石浜。わたしが子どものころ見ていた光景。

 ほかの海も見たことがあるが、これは間違いなく故郷の海の味だ。

 思わずわたしはこのゼリーを作った会社を調べる。どうやら台所用品や洗剤で有名な会社のグループ会社のようだ。親会社の創業者がわたしの故郷の生まれらしく、わたしの故郷の特産品を作っているらしい。


 

 どれだけのこだわりをつめれば、この味を作れるのだろう。


 地元の特産品の味を活かした食品を作るだけなら、いくらでもできるだろう。それだけをやってもよかったはずだ。

 しかし、この会社は存在しない「故郷の海の味」を再現してみせた。海の味なんて、正解があるはずもない。しかし、このゼリーは間違いなく正解だ。


 

 わたしの故郷を思って、その魅力を伝えるために情熱をこめてものづくりをしているひとがいる。


 わたしは胸がいっぱいになった。




こちらもおすすめ


この文章を書いたのはこんな人


ZINE「Domanda」発売中です
 ZINE「Domanda」では,ADHDうつ病と診断され,様々な挫折と試行錯誤を繰り返してきた私が,自身の苦労の中で感じたことのエッセイや,生活の中で編み出したハウツーを綴っています。ご興味のあるかたは,こちらの商品ページをご覧いただければと思います。

この記事が参加している募集

#ふるさとを語ろう

13,698件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?