軍事警戒ゾーンを歩いて回ったコメディアンのショーを、オンライン鑑賞した話
2時間のショーに、面白可笑しく、パレスチナの悲哀がすべて詰め込まれていました。
分離壁とは
パレスチナを囲い込んで建設が進む分離壁(写真中央、横に伸びるコンクリート壁。赤い屋根の家はイスラエルの国際法上は違法な飛び地、手前がパレスチナのオリーブ農家さんの土地)。
分離壁は2002年にイスラエルの国の安全を守るために建設が始まりました。
でも実際には、パレスチナの農家さんの土地を奪って、村のど真ん中に壁を通したりもするので、農業が続けられなくなったり、ほんの目と鼻の先に住む家族に会いに行けなくなったりしています。
本当のところでは、パレスチナ自治区のなかにあるイスラエルの違法な飛び地を繋ぐ道路を通し、本国へのアクセスを確保することが壁建設のモチベーションで、さすがに違法に過ぎる、とイスラエルの最高裁ですらパレスチナの村の勝訴を言い渡したケースもあります(そしたらちょっっとだけ土地が返って来たらしい)。
この分離壁はいまでも建設が進んでいて、完成すると全長約700キロ(!)
大阪府―福島県くらいの距離を分厚いコンクリートの壁が通るのです。
コメディアン×分離壁
さて、分離壁についてだけでも論文が出来上がりそうですが、序章はこれくらいにしておいて、今回の主役はマーク・トーマスさん。
彼はイギリスのコメディアンでもう20年以上舞台に立ち続けていて、その健脚でこの分離壁を歩いてぐるり一周したのです。
その間に警察に捕まったり(そりゃそう)、道に迷ったり(街灯が無いからでしょうね)、色んな癖の強い人に出会ったり、ピエロと仲良くなったり。
分離壁は軍事的な領域です。無暗に近づくと軍に止められたり銃を向けられたり。体温検知センサーがあったりもします。よくイメージされるのは、イスラエル側の飛び地に向かって、パレスチナの子どもたちが石を投げている様子。
でも、コメディアンの彼は緩急をつけながら旅の様子を軽妙に語り、声量もテンポも落としてこう言います。
そこには美しい自然が広がっているんだ――色とりどりの草花が咲き誇っている。分離壁のそばで。
1948年のイスラエル建国と住んでいた人たち(パレスチナ人)の難民化、1967年のパレスチナ占領、抵抗運動での自爆行為の多発…
一瞬パレスチナへの共感ができなくなった彼でしたが、ガザ地区への空爆で違法な兵器が投下され、イスラエル軍の兵士が
「(ガザ空爆は)虫を殺すようなものだった」
と言ったとき、
パレスチナで何が起こってるんだ?分離壁って本当に意味があるのか?
と思い、はるばる分離壁ウォーキングツアーの旅に出たのでした。まぁコメディアンに言わせれば、
「大衆向けのツアーが組まれないうちに(=分離壁が陳腐な観光地にならないうちに)行っとこうと思ってね」
道中で彼は色んな人に出会い、話を聞き、全部コメディにして作品を創り上げていきます。フラグを立てて回収まで忘れません。だから、すごくセンシティブで小難しい話なのに笑いどころもある。ああ可笑しいと笑ってるうちに知識が入って来る。
(とはいえ英語です。私はショーのチケットを買ってオンラインの字幕付きで観ましたが背景知識がないイギリスジョーク(?)が全然わかりませんでした笑)劇場のお客さんは笑いっぱなしでした。
沢山出てくる登場人物―自分自身、ガイドさんたち、兵士、住民、カメラマン等々を演じ分け、専門的なパレスチナ問題の統計情報なんかも混ぜながら、2時間のショーを演じ切るトーマス。すごい。汗もすごい。
有料のショーなのでどこまでのネタバレが許されるのかなんとも微妙な線ですが、少しお話しますと↓
コメディのような現実
分離壁の周りはたくさんのチェックポイントがあります。チェックポイントとは、パレスチナ側ーイスラエル側(トーマス「正確にはどっちもパレスチナの領土上なんだけどね」)を通行するときに通らなければいけない関所のようなもの。
ただ、村の真ん中にどどんと壁が作られた場合、買い物に行くのにもいちいちここを通過しなければなりません。彼が出会った女性はこう言いますー
ある日ここを通ったら、兵士に食べ物が多すぎるから置いていけと言われたの。卵は2パックいらない。1パック置いて行けですって。分かる?こうやって私たちの生活はほんのささいな問題までコントロールされているの
卵!卵すら移動を制限されているなんて!とトーマス。
またあるとき、このイスラエルの飛び地(入植地)に泊まった時の話。ホステルのオーナーが「パレスチナ人は存在しない」と言い始めます。
ト「いや、パレスチナ人はいるよ。さっきそこでたくさん会って来たよ。見たらきっとびっくりするよ」
オ「いやそんなものは存在しない。パレスチナ国家というものが無い以上、パレスチナ人はいないのだ!」
ト「彼らがどう自分たちを呼び表すかは彼らの自由だと思うけどね…」
オ「でもせめてヨルダン人だろう!」
※パレスチナの一部は一時期ヨルダン領だったので
あるいはまた、ビリン、という分離壁建設反対のための前衛的なデモ行進(パペット人形とか使ったらしい)で有名になった村で金曜日の恒例デモに参加したときの話。
彼の隣には、ピエロが。
ピエロ?
彼/彼女も立派なデモ参加者。全力でパントマイムをしながらデモをしていました。
催涙弾(イスラエルの兵士が使う兵器。煙を吸うと目と喉をやられる)が次々と飛んでくる中、「目に染みた~~」「危なかった~~」というリアクションを身振りで表現。ショーを聞きながら誇張だと思っていましたが、映像も残っていて、トーマスの語りそのまんまでした。
他にも、家の真ん中に境界線が引かれ、いつのまにかイスラエル領に組み込まれてしまった住民が、夜中に家宅捜索に遭い、不法入国の罪で逮捕されたというエピソードも。
ユーモアでくるむ
難民キャンプも分離壁と隣り合っています。
壁一面に広がるアート。トーマスの目に留まったのは
「Open Sesame!」開けゴマ!
村を通りかかると十中八九知らない人に話しかけられ、家に招かれ、コーヒーでもてなされ、なんならごはんを食べてけと言われる毎日。スケジュールに日々1時間半の余白を作らなければ回り切れなかったこの現象をトーマスは
パレスチナのロードブロック
と呼びます。
※ロードブロック:道を妨害するために置いてあるブロック塀のこと。イスラエル側からよくされる嫌がらせのひとつ
・・・・・・・・
最初に立てた問い、分離壁は安全保障上意味があるのかということ。
実際に歩いてみた彼も、そこを日々通るパレスチナの人も思う。
いや、あんまり意味ないな。
穴は空いてるわ、未完成だからそのまま通れるところもあれば、よじ登る人もいて。イスラエル人風に変装する手もあります。
皆、どうにか方法を編み出して乗り越えようとします。学校に行くため、仕事に行くため、買い物に行くため、病院に――。
ト「分離壁でテロは防げると思う?」
パ「いいや。そのテロリストがよっぽどの怠け者でない限りはね」
ここでは書ききれないほど、分離壁からはパレスチナの暮らしが見えてくる。でもそれを真面目に書いて、どれだけの人が読んでくれるでしょう?
トーマスは違いました。おかしいことはおかしいと思う芸人本能で、なんと壁を踏破し、銃を向けられても変な人たちに絡まれても無事生還し、もてなしのせいで食べ過ぎて太って帰り、長い長い旅の記憶を2時間の原稿に仕立てました。
冗談も言いますが、悪い感じもせず、さすらいの人としての目線が活きていて等身大。そして裏付けの知識も豊富でまるで学術書のようなのです。
トレイラーでは伝わりませんが、これが無料でみられる唯一のソースです
また上映会もされると思いますし、気になる方は今度はぜひ一緒に鑑賞しましょう。一人で見ると「すごいね」と言い合える人がおらずYouTubeのコメント欄に思いのたけをぶっちゃけてまるで公開ラブレターなので、鑑賞仲間が必要です。
コメディの凄さを感じる一幕です。
--------------------------------------------------------------------------------------
☆アカウント登録なしでもスキできます。よろしくお願いします。
Facebook
Instagram
Website
--------------------------------------------------------------------------------------