UX改善による本質的グロースハックのプロセス
グロースハック(※)が必要なのは分かっているが、実際にどうやれば良いか分からないという相談を頻繁に受ける。
というよりは相談の99%がそれだ。
多くのスタートアップがサービス成長の指針を描けていないという状況は日本のスタートアップ環境全体として憂うべき状況なので、グロースハックを具体的にどういったプロセスで行っていけば良いかを本記事でまとめて公開することにした。
タイトルの釣りっぽい「継続率4倍の効果!」だが、私が実際にインドのあるスタートアップをこのプロセスを使ってハンズオン支援し、7日間継続率が4倍になった実績があるため付けた。
実際に大きな改善実績があるので、長い記事だが騙されたと思って読んでいただきたい。
※ この言葉が嫌いであれば「サービスの成長」に置き換えてもらっても良い。グロースハック嫌いの人はまず間違いなく言葉を正しく理解していないので、こちらの記事を是非読んでもらいたい。
ほとんどの人が勘違いしているグロースハックにおける最適なフレームワーク
先に結論を言ってしまえば、グロースハックの具体的プロセスとは以下の8つのステップのサイクルをぐるぐると回していくことだ。
この8ステップの基本サイクルをぐるぐる回していれば、絶対にプロダクトの数値は伸びる。
(PSFを達成しているという前提で)
本記事では、グロースハックを具体的にどうやっていけば良いのか、サービスを伸ばすためにはどうすれば良いのかという疑問に答えるために、以下のサイクルの詳細について解説する。
その前に蛇足だが、タイトルの「UX改善によるグロースハック」という言葉に違和感を感じた人も多いかもしれない。
UXデザインとグロースハックの関係性がきちんと認知されていないからだ。
両者の関係性について理解するのに、まずマーケティングとグロースハックの関係をきちんと理解することが必要だ。
以下の記事に詳しく書いたように、グロースハックを一言で言えば、
「製品・価格・宣伝/広告・流通という4Pのうち、製品まで含めて全てを変数として扱って成長を達成する活動全般のこと」
である。
製品も変数として扱うことが、洗剤や家電などを主な対象とし、生産工程の関係から製品を実質的に定数として扱ってきたマーケティングとの一番の違いである。
そう考えると製品を改善する活動の大部分はUXデザインであるから以下のような図の関係性になる。
ちなみにグロースハックの範囲でマーケティングともUXデザインとも被らない部分は、俗にカスタマーサクセスと呼ばれる活動などがあたる。
以上、蛇足。
ステップ1~2: 全体分析とKGI設定
まず最初の2つのステップは、全体のデータ分析とKGI設定である。
ここに関しては拙著のグロースハック書籍に掲載した以下の図を参考に、
今自分たちがARRRAモデル(※)のどのステージにいるかを確認し、各ステージに対応するKGIを設定する。
(出典:いちばんやさしいグロースハックの教本 人気講師が教える急成長マーケティング戦略)
各ステージで対応するKGIは、原則的には以下のようになる。
アクティベーション(オンボーディング):翌日継続率
リテンション(継続):7日間継続率
リファラル(招待):バイラル係数
レベニュー(収益化):ARPU
アクイジション(ユーザー獲得):ユーザー獲得数
※ ARRRAモデルに馴染みのない方は以下記事を参照(注:AARRRモデルではない)
ほとんどの人が勘違いしているグロースハックにおける最適なフレームワーク
ステップ3~4:詳細分析とKPI設定
KGIを設定したら、次はそれを施策に落とし込めるようにKPIを設定する。
恐らく多くの企業がここで躓いているのではないだろうか。
まずKPIを設定することの意義を簡単に解説する。
KGIはデカすぎる。
継続率を上げようと思っても、お題が大きすぎてなかなか具体的かつ効果的な施策は思いつかない。
そこで、「初日にアクションAを1回でもするユーザーは高い確率で継続する」などのデータを見つけ、「登録初日ユーザーに占めるアクションAをするユーザーの割合」をKPIとして設定する。
そうすることで、KPIを上げるための施策は比較的容易に思いつき、KPIが上がることで結果的にKGIも向上するという仕組みだ。
さて、KPI設定の重要性が分かったら次はどうやって、それを見つけるかだ。
方法は大きく3つある。
1)コホート分析
2)ファネル分析
3)要素分析
の3つである。
1)コホート分析
コホート分析とは以下のように、あるアクションの有無や回数、ユーザー属性の差によってKGIに大きな差が見られないかを分析するものである。
以下の例では、初日にアクションAを1回でも行うと翌日継続率が飛躍的に向上しているので、
KPIを「登録初日ユーザーに占めるアクションAをするユーザーの割合」に設定し、施策を考えていく。
ではどのように上記のような役に立つ差を見つければ良いのか。
ここで先に断っておくが、MixpannelやLocalytics、Amplitudeなどのイベント解析ツールを入れておらずGoogle Analyticsしか入れていないような会社は上記のような分析ができないので、急いで導入した方が良い。
ローデータをSQLで取って分析ができるのならばそれでも良いが、作業工数などを考えれば上記のツールのいづれかを入れた方が圧倒的に早い。
また蛇足だが、日本のスタートアップはこうしたツールの導入がなってなさすぎる。
アメリカ、インドのスタートアップ数社をハンズオンで手伝ったり、メンタリングをしたりしたが、
こうしたイベント解析ツールを入れずにGoogle Analyticsだけでデータ分析した気になっている会社をまず見たことがない。
一方で日本の企業のほとんどはGoogle Analyticsで全体の数値傾向を眺めるだけで満足している。
日本のスタートアップはデータ分析の重要性に対する意識と、ツールの理解が圧倒的に足りなさ過ぎる。
これは別にただ欧米礼賛をしている訳ではない。
現に自分は人材面や環境面から、日本での起業が最適と考えて日本に帰ってきた。
上記のような問題は本気になれば一夜で解決する問題なので、とっとと解決して本質的な問題に向き合い、少しでも日本のスタートアップの世界でのプレゼンスが上がれば良いと思う。
蛇足が長くなった。
上の図であげたようなコホートの差をどうやって見つけるかだが、「ユーザーID毎のイベントデータからピボットテーブルをできるだけ多く作り、KGIに差が出ているものを見つける」という方法が最も簡単だ。
まず以下のように、ユーザーIDごとにユーザー属性と、アクションの回数のデータが対応したエクセル表を作成する。
次に、それらのデータをもとにエクセルのピボットテーブル機能で以下のようなテーブルをできるだけ多く作る。そして、その中でKGIに差が出ているものを見つけていく。
注意点として、アクションAとアクションDの2つが継続率に効くことがわかった際に、ユーザーフローがアクションA⇒アクションDである場合は単にアクションAの影響がアクションDの結果に出ているだけの可能性が高い。
統計的にきちんと影響を分けて分析する手法もあるが、実務の範囲ではユーザーフローのはじめの方のアクションでかつコホートのKGIに差が出ているアクションを選んでKPIを選んでいくと良い。
ここに関しては本職のデータサイエンティストの方はもっとエレガントな方法をご存知だと思うので、ぜひご指導お願いしたい。
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2) ファネル分析と3) 要素分析
KPIを発見するための分析手法の残りの2つはよく知られている手法なので簡単に紹介する。
一つはファネル分析である一連のステップの離脱率が高い部分を特定するし、それをKPIとして設定するものである。
最後の一つは要素分析で、これは単純にKGIを因数分解していってボトルネックを見つけるというものである。
たとえば、オンラインメディアの広告収益を因数分解すると、
広告収益 = インプレッション数 × eCPM
= DAU × 1DAUあたりインプ数 × CTR × クリックあたり単価
となり、広告収益を上げたければ、DAU、1DAUあたりインプ数、CTR、クリックあたり単価の一番伸びしろがあるものをKPIとして設定して施策をおこなっていけば良い。
ステップ5~6:ユーザーテストと施策立案
ステップ4までで、改善すべき箇所=KPIは特定できた。
ここですぐに施策の案出しをして、なんとなく効果が高そうな施策を試してみるというスタートアップが多いと思うが、その前に必ずユーザーテストを挟むことをオススメしたい。
なぜならデータ分析によって、KPI =「何を」改善すべきかは分かるが、
「なぜ」そのKPIが低い状態なのかという理由はユーザーテストを実施しないと分からないからである。
ユーザーテストについては、別の機会に詳しく記事を執筆しようと思うが、簡単に説明すればKPIに関係するタスクをユーザーに目の前でやってもらい、使えないところ、理解できないところ、非効率なところ、気持ち悪いところなどを特定していくのだ。
例えば、画像投稿SNSのアプリで、初日に1毎でも写真を投稿すると継続率が飛躍的に向上するというデータがあった場合、KPI = 「登録初日に写真を投稿するユーザーの比率」になる。
そしてそのKPIがなぜ現状低いかの理由を特定するために、ユーザーに実際にそのサービスを使ってそのアクションをしてもらうのだ。
そうすることで、運営者側は当たり前だと思っていたが実はユーザーがうまく使えていない部分だったりが相当な数見つかる。
あとは見つかった問題に優先順位をつけていき、もっとも優先順位が高い問題に対して施策を考えていけば高い精度でKPIは向上する。
なぜならユーザーテストを通じて、「なぜ」そのKPIが低いかを特定できているからだ。
グロースハックは10回施策をやって1回当たればOKと言われていて、自分も昔はその考えだったのだが、サンフランシスコのデザインスクールでユーザーテストを学び、実践するようになって依頼、ほぼ100発100中でKPIを向上できるようになった。
やはりユーザーが困っていることをしっかりと認識し、修正してあげるというのは当たり前のことのように思えるが、相当なインパクトがあるし、事実多くのスタートアップはそれができていないのだ。
※ ユーザーテストに関しては以下の記事も参照して欲しい
サービス改善の成功率を8倍まで引き上げるユーザーテストの作法
注)上記の記事はユーザビリティ向上の文脈で書いた記事なので、KPI改善のためのユーザーテストは内容が異なる。
ステップ7~8:施策の実行と振り返り
施策を行う際の注意点としては必ずABテストをすることだ。
当たり前と思われるかもしれないが、新しいパターンに一斉に切り替えて前のバージョンとの数値を比較して施策の成否を測っている企業は非常に多い。
それだと時期的要因などの外部要因に左右されて正しい判断ができない。
必ずABテストをして同時期のユーザー同士の数値を比べて判断するべきだ。
その際に「効果が出た出ないの判断はどうすれば良いですか?」という質問が非常に多い。
Kissmetricsが提供している以下のツールを使うと良い。
Aパターン、Bパターンそれぞれのサンプル数とCV数を入力すれば統計的有意性がどれくらいかを簡単に計算してくれる。
統計的優位性とは簡単に言えば、あるABテストを100回やったとして、同じ結果になる確率のことだ。
例えば以下の2つの例を見てもらいたい。
どちらもAのCVRが10%、BのCVRが15%とBが勝っているが、統計的有意性はパターン②の方が高い。
パターン①では、サンプル数が少なく、たまたまBが勝っていてサンプル数を増やしていった時にBが逆転する可能性が14%ある。
実務においてはこの統計優位性が95%になるようなサンプル数、CVRの差を満たすテスト結果が得られるようにすべきである。逆にいうとサンプル数を増やしても統計的優位性が95%を超えないABテストは「差がない」と判断し、別の施策を考えるべきである。
さて、統計優位性を満たすほどにKPIが向上したときに次にどうするかであるが、必ずKGIも連動して向上しているかをチェックするようにする。
そもそもKPIの向上はKGI向上のためにやっているからである。
KPIが上がったのにKGIが向上していない場合は、KPIを上げるために無理な施策(ポップアップを出すなど)をしたことが原因かもしれないので、施策を選び直すことをまず考えてみる。
もしくはKPIとKGIが正しく連動していない、偽の因果に騙されている可能性があるため、KPIを選び直すことを考える。
まとめ
グロースハックに求められることは本記事で書いたこと以外にいくらでもあるのだが、まずはここで述べた内容をしっかりと行うべきだ。
約束するが、ちゃんとこの内容をやっていけば数字は必ず改善する。
グロースハックは何やったら良いのか分からないという会社はとりあえず騙されたと思って、このプロセスを1サイクル回してみて欲しい。
この記事が日本のスタートアップのプロダクト力の底上げに少しでも寄与すれば幸いです。
最後に、サービスのグロースやデザインについての国内外の最新記事をシェアしたり議論するFacebookグループをやっているので、興味ある人は是非ご参加を。
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