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【18】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? 糸づくり篇③

「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》
第18回 糸づくり篇③「座繰り(繰糸)」

お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートする「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクトです。
それは「私たちのシルクロード」。


前回「糸づくり篇」②では、中島愛さんが座繰りを行うまでの下ごしらえ「煮繭から索緒、抄緒、整緒」の過程をレポートしました。今回は、座繰り機から糸を引き、大枠(おおわく)に巻いてゆく作業をご紹介します。


■座繰り機による繰糸(そうし)

「座繰り」(ざぐり)とは、文字通り座って繭から糸を繰り出してゆく作業。繭を煮て、繭を構成している1本の糸口を見つけたら、座繰り機を用いて糸を大枠に巻いていきます。今回、経糸(たていと)は10粒(りゅう)、緯糸(よこいと)には11粒の繭から生糸を作ることにしたので、必要な粒数の糸口を合わせて繰り取ります。これを粒付(りゅうづけ)といいます。

下の写真では経糸用に10粒を引くようセットされています。お湯に浸した繭から10の糸口を取り、M字形の糸寄器(いとよりき)に集め、斜め上の鼓車(こしゃ)で少し撚りをかけ、糸がバラバラにならないようまとめます。その上に突き出た棒状のガイドで左右に振って糸同士が重ならないよう大枠に巻き取っていきます。

座繰り 静物

この機械は「上州座繰り機」といい、栃木県足利市にある藤倉紡織機具店で購入したもの。中島さんはこの手前に座り、左側に見えるハンドルを回して糸を繰り出し、大枠に巻いてゆきます。

座繰り機の反対側から撮ったのが下の写真。繭が入っている大ボールは電気コンロの上に載せ、温度が下がってきたら付けます。手を入れて「熱い」と感じる65℃くらいが目安。

座繰り機反対側

■ゆっくり糸を引く理由

ハンドルを回すのは、1秒間に1~2回転の速さ。1秒間に1回では遅すぎるので、1~2回の間くらい。木製の歯車が噛み合って鳴らすガラガラという音を聞き、時計を見、繭を見ながら、均一なリズムで引いていきます。

「生繭(なままゆ)の個性をちゃんと引き出せるよう丁寧にゆっくり糸を引きます」と語る中島さんに、その真意を聞いてみました。

「ちゃんと引き出すというのは、繭から糸を引き出すときに、早く引き出したりせず、座繰り機をゆっくり回すことで、糸が伸びることや痛めることを少しでも防止するということです。糸の個性をできる限りそのまま引き出すには、ゆっくり引き出すのがもっとも良いと思うのです。」(中島さん)

お蚕さんが8の字を書くように糸を吐き出す、その波立つような動きが生きている糸の証であり、早く引いてしまうと糸が伸びるような気がするので、時間がかかってもゆっくり引き出すのだそうです。そうして動きのある、生きている糸を引き出したい、というのが中島さんの思いです。

繭の状態の糸が、一番綺麗で美しい状態だと思っています。それに熱を加えたりして人間が使うために加工します。糸はどんどん変化していきます。少しずつ傷んでいるといえるのかもしれません。その傷みを少しでも減らすように糸を引き出したいなあと思って座繰りしています。」(中島さん)

■大事なのは糸を見続ける集中力

「12345678910、12345678910、・・・・・・」と常に動いている繭を目で追って数え、「絶対に10粒を保つ」のが大事なのだとか。ずっと10粒を保ち続けなければ、同じ太さにならないからです。

糸が引き出されている繭を集中して見ていないと、途中で繭が塊のまま糸の中に巻き込まれて機械が止まり、糸が切れてしまうことがあります。また、座繰りの最中に不具合を起こしそうな繭は、糸が引き出される時の動き方が少し違って見えるので、集中して見ていればトラブルを未然に防ぐことができます。そのため、考え事をせず、ラジオや音楽を聴くこともなく繭を見続け、繰糸(そうし)してゆきます。

そうして一定の粒数を維持するために、「この子、もうじきだなあ」という糸が終わりそうな繭は「断緒」(だんちょ)して、新しい繭を「接緒」(せっちょ)します。

20201104中島座繰り姿

「断緒」は、引き出されて終わりそうな糸を、巻き込まれていく摩擦と引っ張る力で切ること。「糸が終わりそう」とは、繭が薄くなってきて、蛹(さなぎ)がはっきり見えてきたときです。この頃が、もっとも糸が細いとか。ちなみにお蚕さんが吐く糸は、前半は太く硬めで、中盤は少し細く柔らかめ、後半は細めでより柔らかい感じがする、そうです。

「接緒」はボールのなかで待機している繭を取り、糸寄器に集められている糸の中に投げて、一瞬のうちに糸口を他の糸に絡ませて1本の糸にすることをいいます。素手で行う感覚が大事なので、ボール内の湯が熱くても、手荒れがひどくなっても、ゴム手袋を用いることはありません。

■繭から丁寧に糸を引くということ

繭は1本の糸からなり、1本の太さは約3デニール、長さは1000~1700メートルに及ぶそうです(前出『カイコの科学』より)。座繰りをするとき、繭からどこまで糸を引き出すかという判断は、難しいものがあるといいます。

せっかくお蚕さんからいただく糸なので、早い段階で繭を上げてしまうともったいない。でも、あまり引き出し過ぎると、繭がからまって機械が止まってしまうとか、糸が切れてしまうとか、すごい節ができるとか、事故がおきるんです。それで、ひとつひとつ繭を見ながら、できるかぎり事故なく、できるだけ多くの糸が引き出せるように座繰りします。時々事故も起きますが、そのつど対処しています。時間はかかりますが・・・・・・」(中島さん)

繭から得られる糸を最後まで生かそうとする中島さんの言葉は、養蚕農家の花井さんを感激させました。そして、この中島さんの座繰り糸が丁寧に引かれた証左として、後に「生糸歩合」(きいとぶあい)という、繭から取れた生糸の重量比を示す数字で表れることになります。

20201109座繰り写真2

■命をいただくということ

こんな言葉が行き交う中で、私自身の「あ・・・」が、静かに鎮められていました。上の写真を見て、私と同じように「あ・・・」と思われた方がいらっしゃるかもしれません。

湯の中で透明感をまとった美しい繭の中に蛹がいます。死んでしまった蛹です。
知識としては承知していて、そしてこれまでの過程で「乾繭」「冷凍保存」のなどの処理はすなわち蛹の死を意味することが頭の中では分かっていても、実際に目で見てしまうと、どうも痛ましい思いを抱いてしまいます。

私はお蚕さんを、初めは「虫ってなんだか怖い」と思い、成長を見つめているうちに「可愛い、可愛い」と無邪気に思うようになりました。そのうちに「美しい」と思い、ついには「神々しい」と感じるようになり、お蚕さん達は次々に繭を結んでいきました。その繭も、内から光を発するような美しさがあり「こんなに美しいものを見たことがあっただろうか」と思うほど感動したものでした。それは、あの可愛かったお蚕さんからいただいた「生命の輝き」であったのだと改めて思い至りました。

思えば、人間国宝の染織作家・志村ふくみさんも植物で糸を染めるとき「いただく」という言葉を使っていらっしゃいます。

「いただく」。そうなのか。「いただく」のだから、花井雅美さんは「一片の悔いなく、後悔なく、今の自分にできること、全てやりきりました」と言えるだけの世話をお蚕さん達にしてきたのでしょう。「いただく」から、中島さんは時間をかけて丁寧に糸を引くのでしょう。

そう思うと、ありがたく、敬虔な思いに打たれて、動けなくなりました。
そして、私自身が着物に対して抱いていた「きもの哲学」が覆されたというと大げさですが、着物に対する認識がまだまだ足りなかったことを気づかされました。

■身を守る祈りの形としての着物

私見を述べさせていただくので、簡単に書きますね。
私は、着物専門の編集者となって30年、毎日着物を着続けてきて16年、その間に多くの方や書籍との出会いから様々学ばせていただき、その学びを経て、今私の根底にある「きもの哲学」は、着物自身が教えてくれました。

それは「着物は人の身を守る祈りの形である」ということです。

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左右の身頃を打ち合わせて着て、さらに帯を巻いて身を暖かく守りつつ、気候に合うよう通気性もかなえてくれる【形態】。そのときの体調や気分に合わせて紐の加減ができる【着装法】、染料となる草木は漢方薬に重なり、植物が本来自身の身を守るための薬効成分を抽出して、着る人を美しく装飾しながらも健康に導く【色】。そして松竹梅や鶴亀に限らずありとあらゆる物語性で着る人の長寿や幸福を祈る【文様】。気が遠くなるほどの工程をひたすら丹念に積み重ねる【手仕事】。着物を作る、あるいは買う、譲ってくれる人の【思い】。着物を構成するすべてが、着る人の生命を守り、幸せを祈ってくれる、ありがたい存在であるということ。それが「着物」です。

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私はそれを招かれた中学校でお話したことがありましたが、それでは足りなかったことに気づきました。【素材】にも守られていることを、です。あんなに慈しまれて育てられたお蚕さんの命をいただき、丁寧に引き出された絹糸。絹そのものが、こんなにも有り難く、祝福された存在であったことを、ここで学んだのでした。

着物に使われる素材は、絹のほか、木綿や麻、化学繊維などありますが、それぞれに人の手仕事や思い、知恵の集積があります。命をいただいて我が身を守ってもらえるありがたさを、いまさらながらに教えていただいたように思いました。


あー、すみません。今回の終盤は、私のおしゃべりになってしまいました。もうだいぶ文字を費やしましたので、続きは次回にいたしますね。

毎週月、水、金曜にアップしている本連載。次回は5月24日(月)です。座繰りで引いた糸を大枠に巻き、綛揚げ(かせあげ)してゆく工程をご紹介します。どうぞお楽しみに!


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