ダレデモダレカ。【ショートショート】
あーもしもし。もしもし。聴こえますか?
周波数あってる?
この放送誰かに届いてるかな。まぁ別にいいか。届いても届かなくても。届く時は届くし、届かない時は届かない。そんなもんさ。でも届いた方が嬉しいのは確かだね。届いてたらいいなぁ。
まぁ、気にせず始めちゃおう。
誰かの為の誰かを紹介するラジオ番組!!
ダレデモダレカ~!!始まるよー!
この番組は誰かの提供でお送りします。
さぁ、今日はどうしようかな。
そうだな。
「未来の英雄」の話をしようか。
彼の名前は戸部 英雄(トベ ヒデオ)。
幼少時代は多くの男の子と同じように、彼もヒーローに憧れていたみたいだ。自分の名前が英雄で嬉しいと小学校の文集に書かれているよ。
中学時代は一世一代の告白をしたみたいだ。小学生の頃から好きだった女の子が、同じく小学校からずっと付き合ってた彼氏と別れたタイミングで。
「嬉しいけど、今は誰とも付き合う気ないんだ。ごめんね」と言って断られた2か月後にその女の子は同級生の新しい彼氏を作っていて、彼は大層な衝撃を受けた。多感な時期だからね。キツいだろうけど、そんなもんだよね。
高校3年生の時に大学受験で彼は名言を吐いたよ。
「心の準備はできてる。心しか準備できてないけど」
天晴れだね。当然大学は落ちた。浪人して二浪してなんとか大学に入れたみたいだ。良かったね。
大学では「ベヤベヤ!」って流行りのソシャゲにのめり込んでその貴重な青春を浪費するよ。贅沢な使い方だよね。まぁそれも青春か。彼の一推しは王道だけど101号室ちゃん。最高レアの角部屋なんだって。荷物に強くて虫に弱い特性があるよ。一階だからね。
大学を卒業した後は就職に失敗して一度心が折れてるみたいだね。フリーターとして働き始める。彼女はいなかったみたい。
お豆腐屋さんで働く彼の周りの人がすごく優しくて、彼の心はだんだん癒されて行くよ。機械で指がちょんぎれそうになるあわやの事件もあったみたいだけど。幸いちょっと爪が削れるだけで済んだ。危なかったね。それ以降は彼はものすごく細心の注意を払って仕事するようになるよ。
店長さんと奥さんがご年配で、そろそろ店を畳もうと思うと言われた時に彼は30歳になっていたよ。お店にいると時がゆっくり流れるような錯覚をしていた彼は、気付いたらズルズルと年を食っていた自分をその時に直視して大層びっくりしていた。ずいぶん長いモラトリアムが終わった瞬間だった。
お豆腐屋さんが閉店して激烈な寂しさを抱えながら、お二人に絶大な感謝を伝えてついに彼は一念発起する。就職しよう、と。
ようやく営業職で採用して貰って、寮に入って一人暮らしを始めたから両親は大層喜んだ。でもその会社はどうしようもないくらい毎日罵声が飛ぶ地獄のような環境だった。彼の失敗で責められるならまだしも、上司の機嫌が良くないだけで当たり散らされて人格否定されるんだからたまったもんじゃない。
一年間は耐えたけど、それ以上は無理だった。
営業職にトラウマができた彼は、自分は淡々と同じ作業をするのが性に合ってるかもしれないと思い至るよ。豆腐屋でもずっとその作業は得意だったからね。
石鹸工場に転職して以降は、給料より休日を優先した生活で定年まで勤め上げる。合間合間に両親との別れを挟みつつ、彼はしっかり地に足をつけて生きたよ。
結婚はできなかったみたいだ。
定年した後はコンビニの店員としてアルバイトで第2の就職を……え?何?お便り?……。「未来の英雄」の話はどうしたって?
いや、だから戸部 英雄って英語にするとTo Be Heroで未来の英雄だよねって……それだけ……。
あっ。
あーー!?勘違いさせちゃった!?
うわーーごめん!!ごめんね!!
……でも。
でもね。
聴いて欲しいんだ。
彼は定年後のアルバイト生活でね、予定が入って困っている人とシフトを必ず代わってくれる、
「偉大なる誰か」になるよ。
いや、思えば彼はずっとそうだったんだ。
豆腐屋でも、石鹸工場でも。辛かった営業職でさえも。
誰かの予定を尊重してた。
代わって貰った人ですらやがて忘れる、
誰の記憶にも残らないけど、
確かに誰かを支えてる。
「偉大なる誰か」だったよ。
…おっと。そろそろ時間みたいだ。今回はこの辺で。
…え?お便り?さっきの人かな。
こんなギリギリになんだい?
私の名前?
誰だっていいじゃないか。って言いたいところだけど。
今日はあなたが聴いてくれたのが嬉しかったから答えちゃおうかな。
私の名前はね。
「必ず見ている誰か」だよ。
こちらのふみーさんの素敵な企画がとても面白そうなので参加させて頂きます。文字数1828です。
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