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旅立ち前のシネマウマ。【ショートショート】

シネマウマは自分の見た景色を身体に映し出す事ができた。

定期的に行われる池での上映会は、池に住む生物達には大変好評だったが、シネマウマは自分が見た景色を白黒でしか表現できない事が不満だった。

池に住む友達のカメは言う。

「すごいや!世界には僕の知らない綺麗なものがたくさんあるんだね。」

シネマウマは言った。

「だけど色がついた景色はもっと素敵なんだ!」

友達のカメにはまだ言っていなかったが、シネマウマは旅に出る事を密かに決めていた。

遥か南の果てには、彩り草と呼ばれる、食べると体の色が変化する草があるという。

その草で巣を作るから、渡り鳥のイロトリドリは体がカラフルで綺麗なのだ。憧れであるイロトリドリ本人から聞いたから、情報は確かだ。

その草を食べれば、もっと素敵な景色を彩り豊かに映し出す事ができる。

シネマウマの決意は固かった。

だから僕は旅に出るよ。とシネマウマがカメに告白しようとしていた時だった。

カメは言った。

「じゃあ、シネマウマくんの映した白黒の景色と、実際の色がついた景色で、2回楽しめるね!」

その言葉を聞いた時に、シネマウマはなんだかよくわからないが胸の奥がキュッとなって、目頭が熱くなるのを感じた。慌てて目をパチパチさせながら、カメの言った言葉を噛み締めるように繰り返した。

「2回楽しめる…」

そんな風に考えた事がなかった。

これまで池に住む生物達がどんなに褒めても、もっと素敵な表現を求めていたシネマウマには届かなかった。

褒められた事に感謝を伝えながらも、胸の奥では、体を彩り豊かに染め上げる事こそが最上であると信じていたから。

今、初めて。

胸の奥さえも貫く衝撃がシネマウマの身体を走り抜けた。

新しい価値観にクラクラしているシネマウマにカメは続ける。

「だって世界はもともと色がついてて綺麗なんだから」

それを白黒にできるのはシネマウマくんの良いところじゃないか。

それがごく当たり前であるかのような調子でカメは言った。

その何て事のない肯定は、シネマウマにとっては一陣の風となって身体中を吹き抜けた。

大切な風となって、胸の一番奥深くまで届いた。 

シネマウマの身体を走り抜けた衝撃と一陣の風は、シネマウマが胸の奥でずっと感じていた自分の身体のコンプレックスをも貫き吹き飛ばした。

そして。

その日、シネマウマは旅に出る事をやめた。

ありったけの感謝を伝えながら泣き出したシネマウマの涙の色は、白だったのか黒だったのか、はたまた灰色だったのか。

それはカメと池に住む仲間達だけの秘密だ。


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