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マイファーストアルコール


突然ですが。初めてお酒を飲んだ日を覚えていますか?
今でこそ常飲水のごとくお酒を飲んでいるわたしですが、こんなわたしにも当然のように「初めてお酒を飲んだ日」があったのです。
居酒屋で、家で、はたまた道端で。初めてのお酒を飲んだ場所はファーストキスの場所くらい覚えていませんか?まあファーストキスはまだなんですが…

…?

なんですか?


前置きはさておき、マイファーストアルコールは、八王子の格安大衆居酒屋でした。

高校を卒業し、大学に入学し成人した後、高校で一番仲が良かった友達と、「お酒を飲んでみよう」という一大イベントを計画しました。

わたしは幼いころから母に、「お酒を飲んだらひっくり返ると思いな」「調子よく飲んでてもね、お酒ってのはあとからくるのよ」と、呪いの言葉ともとれる厳しい呪文を刷り込まれて育ちました。
これが母の若い頃の失敗談だと知るのはもう少し大人になってからのこと。

20歳になった冬の夕方、わたしと親友はJR八王子駅の階段下で待ち合わせしました。
コートにマフラーを巻いてニヤニヤしている親友の顔が今でも忘れられません。
「ウチラ、今からお酒飲むんだね顔」をしていたからです。

八王子の中でも一番安い居酒屋に、期待とでっかい不安を抱えながら向かいました。

横開きの扉を開けると、いつものサイゼリヤとは違う雰囲気の賑わい、明るい店内。
もう大人の年齢なのに、「子供だけで」居酒屋に来てしまったかのような少しの背徳感がありました。

お座敷の席に通されて、人生初の「アルコール」のページを開きました。
うちでは両親がビール以外のお酒を飲むことがなかったので、ビール以外の飲み物は未知の飲み物でした。ウィスキー?サワー?焼酎?
20歳にもなれば知らない食べ物の味なんてほとんどないけれど、このページに記してあるカタカナの羅列と鮮やかな色の飲み物は、どんな味がするのか、なにがどう違うのか、さっぱり分かりませんでした。
その時のわたしは、ビールは「とりあえずビール」のビール、ワインはドラマのエッチなシーンでバスローブを着て飲むもの、ワンカップ大関は祖父のお墓に叔父さんが一口飲んでタバコと一緒に供えるお酒。
そんな認識しかなかったのです。

そんな中でわたしの目に入ったのが「カシスソーダ」でした。
カシスが好きだったわけでもなければ、食べたことさえありませんでしたが、なんとなく紫色の、ぶどうやブルーベリーに似た味なのかしら。という予想でした。
そしてわたしは炭酸のジュースが好きでしたから、ソーダは炭酸飲料なんだろうなと、自分の中の少ない情報の中から選んだのがカシスソーダでした。

注文してすぐにわたしの人生初のお酒、「カシスソーダ」が登場しました。
予想通りの、紫と赤を合わせたような色。いつも飲んでいるサイダーのような泡粒は浮かんでいませんでした。
その時の店員さんがイケメンで、ポケットの携帯についたキーホルダーの夢の国の熊のキャラクターを見て、「彼女いるのかね」なんて照れ隠しで話したことを覚えています。

「かんぱい」

ふたりともニヤニヤしながら、恐る恐るグラスに口を付けました。
頭の中では母からの呪いの言葉が走馬灯のように浮かんでいました。

多分、初めのひとくちは舐める程度。

ぶどうとブルーベリーのような、想像した通りの味!

初めて体に入れたアルコール。自分が数分までの自分とは違う人間になってしまったような感覚。
親友と「ふふふ」と顔を見合わせて笑いました。大人になった記念日です。

「お酒はあとから酔いがまわるもの」

という母の教え第一条がずっと頭の中にあったので、その時「酔う」という感覚は掴めませんでしたが、「もし家に帰ってから酔っぱらったらどうしよう。お母さんに怒られる」という恐怖から、その日は友達の家に泊まりました。母の呪いは強かった。
友達の家についてからも酔いはやってこず、わたしのアルコールデビューは白星で終わりました。

大人になった次の朝、レンタルショップで映画の「悪人」を借りてみたことや、友達のお母さんが作ってくれた揚げパンのことを今でも思い出します。

母の教え第一条が身に染みるようになったのは、それからしばらく経ってからのこと。
最近では母とも楽しく二人で晩酌するようになりました。

あの日からもうすぐ10年。
お酒とたくさんの楽しい思い出を作り、母の教えも忘れかけたりしましたが、「カシスソーダ」の文字を見て、たまにあの冬の日のことを思い出すのです。


おわり

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