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  • 週刊売文

    • 7本

    月ごとにテーマを決めてそれについて執筆者(高橋力也、八城友紀実)が文芸作品を毎週投稿していきます! 〜現在お休み中〜

  • 【連載中】資本家階級の男と私

最近の記事

今日とは昨日の自分が約束した明日である

この前、私はみんなが寝る夜の時間帯に眠るのが怖いと告白した。なぜかというと、「死」について考え始めてしまうからだということも話した。この一週間の間で、眠れない人はトラウマが原因だという説をどこかで聞いた。私は「死」にまつわることがトラウマだということになる。心当たりは探すまでもなくあった。私は、父が17歳の時に亡くなっている。前例のない特異な腫瘍による癌だった。病気が発覚して亡くなるまでは約2年あり、私が高校一年の秋から三年の六月の間だった。私は両親が病気になる想像をしたこと

    • 腸の調子

      昔、杞の国に、空が落ちてくるのではないかと心配で眠れなくなった人がいた。もしも無限に広がる空が落ちてきたら、どこにも逃げる場所はなく押しつぶされて死んでしまうだろう。空はどれくらい重いのだろう、きっと人類には思考が及ばないくらいの重さだろう。 今日は自動車学校に出かけていた。朝9時半にアラームが鳴って、3回スヌーズした。10時を過ぎたところで、体が重く自動車学校をパスするか悩んだ挙句髪もとかさず、立って時計を見ながら熱いスープを飲んで家を出た。夜早く寝つけばこんな大変な思い

      • 資本家階級の男と私〈5〉

        てんかんみたいだねという声に意識が戻った瞬間、店内の白い蛍光灯の光を直に受けどきっとした。今週毎日演技の実技があるから頭が回らないのかもしれないと向けられた眼を捉えて答えると、彼は少し考えたような顔をしてから、最近入院してきた高三の男の子が演劇部で、演目が重すぎて精神を病んでしまったのだという。どんな話をやるのかと聞くと、顧問が書いた脚本で、レイプ犯が出てきたりとハードな心理的考察が求められるらしかった。男子は女子よりも二、三歳発達が遅いから難しいと思うよと彼は悩むように言っ

        • こっちの水は甘いぞ

          長女「ミエ」 次女「姉ちゃん久しぶりやね、ごめんね、ずっと帰らんで」 長女「ばあちゃんの顔みたかん」 次女「見たよ ちょっと口が開いてきたみたいだったけどいい顔しとった」 長女「そんな苦しまなかったみたいだからそれが幸い」 次女「何だったん」 長女「寿命だろうけど… 80超えた頃から心臓悪かったから、それだろうね」 次女「そうかん…」 長女「あんたの旦那は来んの?」 次女「え…あ、仕事やし、亡くなったのばあちゃんやし、休み取りずらいやろ」 長女「身内に変わりないやないの」 次

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        • 【連載中】資本家階級の男と私
          5本

        記事

          生きた 恋した 死んだ

          若き日の柳美里がインタビュアーに好きな言葉を聞かれたとき、「生きた 恋した 死んだ」と答えた。彼女の好きなフランスの詩人、スタンダールの墓石には「書いた 恋した 生きた」と刻まれている。 『JR上野駅公園口』が2020年に全米図書賞を受賞したことで柳美里の存在を知った人も多いのではないだろうか。最初は大学の現代演劇の講義で東由多加と切っても切り離せない人として彼女の名前を知った。2000年に刊行し、ベストセラーになった『命』は、彼女の人生最大のスキャンダルと東由多加の癌闘病、

          生きた 恋した 死んだ

          資本家階級の男と私〈4〉

          初めて彼の部屋に来た時、新宿は雨だった。気前よく一番の財産を見せるように彼が窓を開けると、ぼんやりとした頭でここまでついてきた意思の確かさを問われているような光景が広がっていた。きっと彼と別れたらもう見舞えることの無いであろう生まれて初めて見る資本の眺めだと思った。彼は、窓枠に手を掛け真下を覗こうとする私の両肩を支え、あのマンションから宇多田ヒカルの母親が自殺したと説明した。何も言わず身を固くする私を見て力を込めていた手を離す。私はあまりに彼が自由で何も隠さないためどうしてい

          資本家階級の男と私〈4〉

          資本家階級の男と私〈3〉

          窓の外は晴れわたり本来なら清々しい朝だった。ほんの一時間前、彼と駅で電車を待っていた時降っていたのは天気雨だったのだと思う。彼は仕事があって土曜の朝早く東京郊外のマンションを出た。小雨が降っていた。マンションは駅に直通していて連絡通路はずっと屋根がある。彼は新宿からタクシーに乗るから折りたたみ貸そうかと言ったが、どうせ帰ってすぐシャワー浴びるからいいと返事した。揃って改札をくぐり、ホームに立つと雨は強まった。彼はどうせ貧乏でしょうと、俯いてルイヴィトンの財布を取り出しながら冗

          資本家階級の男と私〈3〉

          資本家階級の男と私〈2〉

          彼は新宿駅地下のロータリーに白い高級車で迎えに来た。最初にタクシー乗り場に来てと言われた時、地上と地下があることを知らず、電車を降りてすぐ地下の方に向かってしまった。そのすれ違いが起きてから、彼ははじめから地下に迎えに来るようになった。助手席に浅く腰かけ、翻る金魚の尾ひれのようにワンピースの裾を車内に収める。バスタ新宿とルミネのある南口改札間を繋ぐ横断歩道の前で信号停止していると、青に変わる短い時間の中で目の前を一斉に人の群れが交わる。私もあの中にいたのだ。深夜に高速バスに乗

          資本家階級の男と私〈2〉

          資本家階級の男と私〈1〉

          とても短い間資本家階級の人間と対等に付き合った。相手がほしいと思って出会いに走り出会ったのではない。少なくとも自然の縁で十九歳の春に出会った。なにが引き合わせたのか不思議なほどに、彼と私にはひとつの共通点すらなかった。しかし、違うから人を好きになるのだ。自分とは違う人ということは私にとって好きになる理由として十分だった。彼は時代を少し遡れば貴族の家柄で、身内はみんな東大だと聞かさせた時はそんな人が本当にいるのだと驚きを隠せなかった。私の生きていた世界とは接点を持たない別の世界

          資本家階級の男と私〈1〉

          淫蕩の歌舞音曲

          弦はフサを何度か見たと言った。「この上の小屋に来とったやろ?」フサが首を振ると「そうじゃ、そうじゃ」とわざとらしくその右手で頭をかく。フサは獣のひづめの形のようだと女が言った手そのものではなく、その手をみせびらかしている事が気に食わなかった。 中上健次『鳳仙花』 「男の人の、見るたんびに、罪つくりなこんなもん持って、しんどないかな、と思うわあ、ふりまわされてえ」 不意に、女を抱き

          淫蕩の歌舞音曲

          故郷への道筋

          今夏の話。首の後ろの大きな筋の、左側がキンキンする。七月の終わりに眠れなかった夜から、いくら寝ても治らない。眼球が震えるように動いたり頭痛に似た症状がある。やられているのは神経だと確信している。目覚めて上体を起こす時や外に出た瞬間、神経を使う時に起こるからだ。八月はじめの一週間はニューヨークからはるばる講師の先生が来て七日間毎日演技のレッスンがあった。狂おしい猛暑と感情の揺れ動きだけを感じながら、目まぐるしく過ぎていった。レッスン終わり、真昼に旅行に行くような大荷物を抱えて同

          故郷への道筋