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【連載中】資本家階級の男と私

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記事一覧

資本家階級の男と私〈5〉

資本家階級の男と私〈5〉

てんかんみたいだねという声に意識が戻った瞬間、店内の白い蛍光灯の光を直に受けどきっとした。今週毎日演技の実技があるから頭が回らないのかもしれないと向けられた眼を捉えて答えると、彼は少し考えたような顔をしてから、最近入院してきた高三の男の子が演劇部で、演目が重すぎて精神を病んでしまったのだという。どんな話をやるのかと聞くと、顧問が書いた脚本で、レイプ犯が出てきたりとハードな心理的考察が求められるらし

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資本家階級の男と私〈4〉

資本家階級の男と私〈4〉

初めて彼の部屋に来た時、新宿は雨だった。気前よく一番の財産を見せるように彼が窓を開けると、ぼんやりとした頭でここまでついてきた意思の確かさを問われているような光景が広がっていた。きっと彼と別れたらもう見舞えることの無いであろう生まれて初めて見る資本の眺めだと思った。彼は、窓枠に手を掛け真下を覗こうとする私の両肩を支え、あのマンションから宇多田ヒカルの母親が自殺したと説明した。何も言わず身を固くする

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資本家階級の男と私〈3〉

資本家階級の男と私〈3〉

窓の外は晴れわたり本来なら清々しい朝だった。ほんの一時間前、彼と駅で電車を待っていた時降っていたのは天気雨だったのだと思う。彼は仕事があって土曜の朝早く東京郊外のマンションを出た。小雨が降っていた。マンションは駅に直通していて連絡通路はずっと屋根がある。彼は新宿からタクシーに乗るから折りたたみ貸そうかと言ったが、どうせ帰ってすぐシャワー浴びるからいいと返事した。揃って改札をくぐり、ホームに立つと雨

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資本家階級の男と私〈2〉

資本家階級の男と私〈2〉

彼は新宿駅地下のロータリーに白い高級車で迎えに来た。最初にタクシー乗り場に来てと言われた時、地上と地下があることを知らず、電車を降りてすぐ地下の方に向かってしまった。そのすれ違いが起きてから、彼ははじめから地下に迎えに来るようになった。助手席に浅く腰かけ、翻る金魚の尾ひれのようにワンピースの裾を車内に収める。バスタ新宿とルミネのある南口改札間を繋ぐ横断歩道の前で信号停止していると、青に変わる短い時

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資本家階級の男と私〈1〉

資本家階級の男と私〈1〉

とても短い間資本家階級の人間と対等に付き合った。相手がほしいと思って出会いに走り出会ったのではない。少なくとも自然の縁で十九歳の春に出会った。なにが引き合わせたのか不思議なほどに、彼と私にはひとつの共通点すらなかった。しかし、違うから人を好きになるのだ。自分とは違う人ということは私にとって好きになる理由として十分だった。彼は時代を少し遡れば貴族の家柄で、身内はみんな東大だと聞かさせた時はそんな人が

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