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なぜ森林浴がストレス軽減につながるのか、脳に与える影響を明らかにした研究

森林など自然の中を散策すると、怒りや不安などのネガティブな気持ちが落ち着き、心がリフレッシュされてポジティブな気持ちになるという感覚は、多くの方が経験したことがあると思います。
今回紹介する研究では、自然と触れ合うとなぜストレスが軽減するのか、その脳に与える影響を明らかにしています。

紹介論文

How nature nurtures: Amygdala activity decreases as the result of a one-hour walk in nature (Mol Psychiatry. 2022 Sep 5.) 

都市化が精神に及ぼす悪影響

現在、世界人口の半数以上が都市部に住んでいて、2050年には世界人口の約7割が都市部に暮らすようになると予測されています。
都市化には多くのメリットがある反面、都会に住むことは、精神衛生上のリスク要因であることが様々な研究から明らかになってきています。
不安・気分障害・うつ病・統合失調症などの精神疾患は、農村部と比較して都市部で多いという研究報告や、都市部での生活が統合失調症の発症の最も重要な環境因子であるという研究報告もあります。
都会に暮らすことと、自然の多い場所で生活すること、この両者が脳に与える影響はどのように違うのでしょうか。

森の中の散歩の前後で、脳の扁桃体の活動を計測

今回紹介する研究では、都市環境と自然環境の脳への影響を比較検証するため、都市環境と自然環境(森)での1時間の散歩後の、脳の中でもストレスに関連するとされる脳領域の変化を、磁気共鳴機能画像法(functional magnetic resonance imaging, fMRI)という方法を用いて調べています。
これは簡単に言うと、MRI装置を使って脳の活性化している領域を調べる方法です。

63名の健常者を、都市部の散歩をする群(31名)と、森の中を散歩する群(32名)に割り付けて、それぞれの環境での1時間の散歩の前後でfMRIを用いて、脳の活動領域の変化を調べています。

私達人間を含め、生き物がストレスを感じると、脳の扁桃体という領域が活性化することが知られています。
今回の研究では、この扁桃体という領域に特に注目して、その活動の変化をfMRIを用いて調べています。

両群ともに散歩の前後で、2種類のストレステストを行い、その時の扁桃体の活動を調べました。
ストレステストとしては、"Fearful Faces Task (FFT)"と"Montreal Imaging Stress Task (MIST)"というテストを行なっています。
簡単に言うとFFTは、被験者に、人が恐怖の表情をしている時の写真を見せてストレスを与えるテストです。
MISTは、時間に制限(解き切れるかどうかギリギリの時間設定)をかけて計算問題を解かせることでストレスを与えるテストです。

森を散歩すると、ストレステスト時の扁桃体の活動が低下

都市部を散歩した群では、2種類のストレステスト時にこの扁桃体の活動は低下しませんでした。
しかし森の中を散歩した群では、散歩の前のストレステストでの扁桃体の活動レベルと比べて、散歩後のストレステストでは扁桃体の活動が顕著に低下することが分かりました。

過去の研究でも、農村などの自然の近くに住む人は、ストレス時に扁桃体が活性化しにくいという報告があります。
なんとなく、農家の方は穏やかで優しい人が多いという印象を皆さんお持ちじゃないかと思います。
今回の結果のように、一回の森林の散歩で扁桃体活動が低下するということは、やはり自然に触れることで扁桃体が抑制され、それによって怒りや不安などを感情を抑え、穏やかな気分・感情を保つことにつながっているということ示唆しています。

"緑の処方箋"が統合失調症の特効薬かも

冒頭でも記載しましたが、都市部での統合失調症の発症率は農村部と比較して高いですが、その原因は都会の自然環境の少なさにあるのかもしれません。
都市部に住んでいても、森林などの自然の中で過ごす時間をつくることで、統合失調症などの精神疾患の発症予防策になりうるかもしれません。
都会に暮らす人々のメンタルヘルスの改善のために、"緑の処方箋"として、都市部からアクセス可能な距離に緑地を作るといったような都市計画が、このストレス社会において今後ますます重要になってくるかもしれません。

また今回の研究では、自然の中の特にどのパラメータ(例えば、緑の色、音、におい、風など)が扁桃体活動の低下をもたらしているのかまでは、まだ明らかにされていません。
扁桃体抑制に影響している自然の中のパラメータを特定することができれば、精神疾患への治療に応用できるかもしれません。

ここまでお読みいただきありがとうございました。


今後も分かりやすい、簡潔な記事を心がけていきます🙇🏻‍♂️