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食事の時間帯を制限することで、認知症予防・改善につながる可能性を示した研究

超高齢化社会の日本。今後ますます増えていく認知症老人の問題と向き合っていかなくてはいけません。しかし現状、認知症の進行を遅らせる治療はありますが、認知症を改善することのできる治療はありません。
今回、一日のうちの食事の時間帯を制限するだけで、認知症モデルマウスの病態の進行を防ぎ、さらには改善することを示した興味深い論文が最近でていたので、自分の備忘録も兼ねてご紹介します。

紹介論文

Circadian modulation by time-restricted feeding rescues brain pathology and improves memory in mouse models of Alzheimer’s disease
(Cell Metab. 2023 Aug 19:S1550-4131(23)00273-5.)
https://www.cell.com/cell-metabolism/fulltext/S1550-4131(23)00273-5

体内時計が狂って、睡眠がしっかりとれなくなることが認知症進行の原因

アルツハイマー型認知症の初期の段階では、サーカディアンリズムと呼ばれる体内時計が狂ってしまい、睡眠がしっかりとれなくなることが、病気の進行に寄与していることが分かってきています。
夜に熟睡できず、途中で覚醒を繰り返す断続的な睡眠になってしまい、睡眠がしっかりとれないことで、アミロイドと呼ばれる老廃物が脳にどんどん溜まっていってしまい、認知症が進行してしまうと考えられています。

一日のうちの食事する時間帯を制限することで、体内時計のリズムを取り戻し、認知症の睡眠障害を改善

今回紹介する論文では、アルツハイマー型認知症モデルマウス(ADマウス)を用いています。
このADマウスでは、ヒトの認知症患者と同じように、体内時計が狂っているため睡眠障害があり、そのためにアルツハイマー型認知症の病態が進展していくモデル動物です。
このADマウスを、24時間のうちの6時間だけエサを食べることができる群(TRF: time-restricted feeding)と、24時間いつでもエサを食べれる群(ALF: ad libitum feeding)に分けて飼育しました。

・TRF: 24時間のうちの6時間だけエサを食べることができる群
・ARF: 24時間いつでもエサを食べれる群


TRF群、ALF群ともに、一日の摂餌量(エサを食べる量)は変わりませんでしたが、TRF群では血中のケトン体量が増加していることが分かりました。
そして3ヶ月間、それぞれの条件で飼育すると、TRF群(24時間のうちの6時間だけエサを食べれる)ではARF群(24時間いつでもエサを食べれる)に比べて、睡眠障害が改善されることが示されました。
特に、入眠を改善していることが示されています。

・TRF群 → 血中ケトン体上昇、睡眠障害改善(特に入眠)

食事時間を制限すると、アルツハイマー型認知症の病態進展が抑制される

ADマウスはアルツハイマー型認知症のモデルということで、当然ですが脳神経の数が減少しています。特に海馬と呼ばれる記憶を司る部位で減少しています。
ところが、TRF群では、ARF群に比べて海馬の神経細胞数の減少が抑えられていることが分かりました。
またTRF群では、脳の老廃物であるアミロイドの蓄積も、ARF群に比べて抑制されていることが分かりました。
アミロイドの蓄積も抑制し、蓄積したアミロイドを排除(クリアランス)も促進することが示されています。

・TRF群 → 脳の海馬の神経細胞数減少の抑制 + 老廃物蓄積の減少 + 老廃物          のクリアランス促進

食事時間の制限により、認知機能も改善される

次に、認知機能の低下も顕著に見られるADモデルマウス(APP-Klマウス)を用いて、食事時間の制限が認知機能にもたらす影響を調べました。
・APP-Klマウス: 認知症の進展が早いモデル。認知機能の低下も評価できる

このAPP-Klマウスも、TRF群とARF群に分けて3-4ヶ月間飼育し、認知機能を測定する試験を2つ行いました。
1つ目は、新規オブジェクト探索試験とよばれるもので、このテストでは、新しい物事を記憶する能力を測定する試験です。
この試験において、TRF群はARF群に比べて、新規の事象を記憶する能力の低下が抑制されていることが分かりました。

2つ目は、ラジアルアーム迷路試験と呼ばれるもので、このテストでは、過去に行った作業を記憶する能力(作業記憶)を測ります。
このラジアルアーム迷路試験において、やはりTRF群はARF群に比べて、作業記憶の低下が抑制されていることが示されています。

APP-KlマウスにTRF処置 → 認知機能の低下が抑制される

TRFによる認知症進行抑制のメカニズム

TRFによって、サーカディアンリズムや代謝を司る遺伝子発現が変化することが示されています。
著者たちは、その中でもBmiというタンパク質に注目しています。
Bmiは脳に多く発現していて、DNA修復やクロマチンリモデリングを制御していることが知られています。
アルツハイマー型認知症の脳では、このBmiの発現が低下していることが分かっています。
今回の研究では、TRFによって、このBmiの発現低下も回復することが示されています。
Bmiは、代謝や炎症反応の制御にも寄与するため、TRFによるBmi発現の回復によって、認知症の進行が抑制されている可能性が示唆されます。

まとめと感想

この研究の一番のポイントは、食べる量は減らさず、食べる時間帯だけを制限していることだと思います。
特別な薬も使わない。
こんなシンプルなことで、認知症の進行が食い止められ、それどころか改善しうることを示しています。

つまり、間食などして、漫然と24時間どの時間帯でも食べ続けるということが、良くないことを示唆しています。

過去にもカロリー制限が認知症の進行防止に効果があることを示した研究はありました。
しかしこの論文は、カロリー制限ではなく、食事の時間帯の制限が重要であることを示した点がとても興味深いです。

また、認知症の病態を捉える上で、特定の分子に原因を求めるのではなく、サーカディアンリズムの乱れ、というシステム全体の異常という観点で研究を進めている点が、個人的にはポイントでした。
そして、そのリズムの乱れを、食事の時間帯のコントロールという簡便な処置だけで改善しうることを示した点も、シンプルで美しさを感じるものでした。
シンプルなものほど応用が効きやすいですし。

今回はマウスでの実験データのみでしたが、食事量を減らさず、食事時間帯だけを制限するというのは、ヒトでの臨床研究でもすぐにできそうだし、今後、ヒトでの臨床研究データもでてくることを期待したいです。

食事時間帯の制限というシンプルな処置なので、基礎から臨床への応用がすぐできそうな発見であり、トランスレーショナルリサーチという観点からも、とても面白くて素晴らしい研究だと思いました。

ここまでお読みいただきありがとうございました。



今後も分かりやすい、簡潔な記事を心がけていきます🙇🏻‍♂️