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個人的日系・外資系メーカー比較論(1)「ものづくり」(その②:外資系メーカー編)

日系、海外、国内外資系の各工場を経験してきた工場系技術屋兼中間管理職として各社の違いで最も興味深いのは、技術監理(※管理ではない)のみならず、固定費・変動費、キャッシュフローや利益、品質とブランドの考え方、更には人事など経営そのものに広範に影響を与える、「ものづくり」に関する考え方の違いである。その1では「ものづくり」は日系メーカーにとっては「Craftsmanship」、外資系メーカーにとっては「Manufacturing Excellence」であると捉え、日系メーカーの「ものづくり=craftsmanship」について述べた。本稿では外資系メーカーの「ものづくり=Manufacturing Excellence」について論じたい。今後海外駐在を経験したり、うっかり外資系へ転職してしまったりするかもしれない日系メーカーの工場系技術屋の皆さんの参考(心の準備?)になれば幸いである。

0.前提条件として

「その1 日系メーカー編」でも記したが、本稿の前提条件として私が経験してきた企業の属性のうち、外資系企業について再掲する。本稿は、以下の2社を「中の人」として経験した筆者の「個人の感想」である。

・外資系企業2社(酒類、消費財)

(日系企業在籍時に)駐在した北米の酒類企業については「外資」に分類させていただく。と言うのも、私が駐在した当時は買収から日が浅く、経営についてもサプライチェーンオペレーションについても実務は実質的に、ほぼ100%現地人による管理体制だったためである。元々はカリスマ創業者の下、国内でアグレッシブな買収を繰り返して叩き上がった、従業員1000人程の中小企業である。

一方、消費財の方は欧州系の大規模グローバル企業。自社工場は世界に250工場以上、190カ国以上で自社製品が流通している。グローバル本社の下に各広域エリアがぶら下がり、日本は実質中国エリアの下。何をやるにも上の人が言うことと数字、justificationが全て。哲学的かつ壮大な理念で社員を束ねようとする社風。

1.Manufacturing Excellenceがカバーする範囲とは

「0.前提条件」で述べた2社は業界も規模も生産工程も異なるが、両社が明らかに日系メーカーとは相容れない点で共通していたことは、日系メーカーの「ものづくり=craftsmanship」を管理体制面でも心理面でも根幹から否定・拒絶していたことである。駐在時代、拙い英語で現地社員とものづくり論をたたかわせたことがよくあったが、「アメリカでも自分の親父世代、70年代あたりまではcraftsmanshipがあったけどね。今はデトロイトなんかではワーカーは出勤時に工場の駐車場に車だけでなく脳味噌も置いてくるんだよ」とは駐在時代の北米人の同僚の言である。日系メーカーのものづくりであるcraftsmanshipー職人のプライド、長年の経験と勘で誰にも出来ない職人芸を発揮し、卓越した品質の日の丸製品を作り出すーそんな牧歌的な世界は外資系メーカーには残念ながら存在しないのである。

では、外資系メーカーのものづくり=manufacturing excellenceがカバーするものは何か。Craftsmanshipがカバーするのはせいぜい技能、現場、といった部分であるが、manufacturing excellenceはマーケティングと連動した設計開発から調達・製造・ロジスティクスと遥かに広範囲で、 一言で言うならずばり「メーカーのビジネスそのもの」と言っても過言ではない。そしてその社内的な位置づけは、情緒、即ちcraftsmanship的な「わが社の強み」でも「プライド」でも何でもなく、単なる「ビジネスを支える経営ツール、ファンクションの一つ」に過ぎない。日系メーカーでは「技術職」「技能職」「現場」と言うと、(業界・企業風土や組織体制にもよると思うが)自社を支える競争力の源泉、リスペクトすべきもの、心臓部、企業アイデンティティの大きな柱といったところではないかと思うが、外資系メーカーの「Engineer」「Worker」「Site, shop floor」にはそういったポジティブな響きは全く以て希薄なのである。因みに、最近は流石にないと思うが、私が在籍した外資系メーカーでは過去現場見学をすることを嫌がる欧州人expatの社長すらいた。

2.「シェア・売上・利益のため」に特化されたものづくり

そもそも外資系メーカーにとって「ビジネス」とは何か。それは絶対的な資本主義社会におけるシェア・売上と利益の絶え間なき成長である。それ以上でもそれ以下でもない。外資系メーカーは日系メーカー以上にSDGsだの社会貢献だのと盛んに宣伝するが、それらが彼らの伝統的なnobles obligeに則った欺瞞、マーケティング戦略の一環に過ぎないことは、外資系メーカー勤務者なら誰でも知っているだろう。

だから外資系メーカーのものづくり=manufacturing excellenceも、当然シェア・売上・利益の成長を後押しするための単なる道具に過ぎないし、そもそも完全にそれに特化されていると言える。

シェアを上げるためならagilityの名の下、装置産業型メーカーであってもいくらでも多品種少量化してしまう。ビールは装置産業であるが、例えばアメリカに行ったらスーパーの酒売り場を是非一度じっくり見てみてほしい。バドワイザーにしてもミラークアーズにしても、大手は同一メーカーの中でも日本とは比べ物にならない位品種が多い。

売上(≒生産量)をあげるためならこれもagilityの名の下、どんな手を使ってでも生産量を増大させようとする。それこそ生産設備のデフォルトの設定速度上限を超えた設定にしてでも、である。例えであるが、充填速度がメーカー仕様X本/分の充填機に対し、中長期的に駆動系に影響を与えない範囲でどこまで上げられるのか、「現場のズル」ではなく「経営層からの指示」で一生懸命試験してしまうのである。また、コンベア上を流れてくる製品に起因する慢性的なライントラブル対策として、ラインに人をベタ付きにさせ、ライントラブルが起きそうになったらその製品をライン外へピックアップするだけの仕事をする人が普通に常時いたりする(状況を詳しく書けず申し訳ないが、工場系技術屋さんなら分かるはずである)。TPM的にはこの場合チョコ停・故障停止・段取り替え時間といったロスを削減することで設備総合効率を如何に上げるかに血道を上げるアプローチであるが、外資系メーカーはTPMから見ると正に特攻による「統率の外道」とでも言うべきか。勿論、彼らも地道な改善のスキルも持っているが、その常識に囚われた発想のままではビジネスでは勝てないのである。

利益を上げるためならresilienceの名の下、技能伝承が出来なくなろうが固定費(人件費)を削って自動化・標準化を徹底し、設備は一度入れたら修繕費を極限まで削りながらぶっ壊れるまで使い倒す(減価償却の償却期間を遥かに超える設備もザラ。因みに中古設備の導入も当たり前のようにある)。生産計画・ロジスティクスも欠品ギリギリまで、というか実際に欠品が発生するレベルまで在庫を下げ、製品のパレット積載パターン(configuration)の数がどれだけ増えようともトラックの積載効率を常に最大値まで持っていく。在庫回転率は日系メーカーの感覚で観ると常に恐るべきレベルである。

日系メーカーで真摯に教科書的な「ものづくり=craftsmanship」に励むサラリーマンにとっては冗談のようなものづくりが、manufacturing excellenceの一端にはある。勿論、上記のような違和感を覚えるようなものだけでなく素晴らしい手法もある。シックスシグマにしても何にしても欧米で普及しているような改善手法は非常にロジカルで、中には全ての活動をコストに換算して層別し、改善プロジェクトを全てコストベースで進めていくような斬新な手法もある(ABCではないです。欧州メーカー中心にやっている、ある手法)。ただ、やはり私は日本の工場の感覚を持ちながらこう言った手法で現場を見ても、「何だかしっくりこないんだよなあ」という感触がどこかに残ってしまうのである。私もcraftsmanshipに囚われているようである。

3.日系メーカーはどう対峙すべきか

日系メーカーのものづくり=craftsmanshipは、果たしてシェア、売上、利益にどれだけ貢献しているだろうか。また、我々日系メーカーの工場系技術屋は、外資系メーカーの工場系技術屋と同じレベル、目線でビジネスと技術を見ていると言えるだろうか。そして、企業と社会にとって意味のある成果を出し続けていると言えるだろうか。

市場や業界が異なる日系メーカー、外資系メーカーの収益性を営業利益率等の単純比較で評価することは出来ないし、感覚的で申し訳ないが、一般に言われるようにprofitabilityと言う点では外資系メーカーに軍配が上がるのは間違いないと思う。Craftsmanshipなものづくりの日系メーカーに対し、そもそも外資系メーカーは企業活動自体を実質「シェア、売上、利益の成長のため」のみに特化しており、その実現のために「メーカーのビジネスそのもの」を対象とする全社的な「ものづくり=manufacturing excellence」が強烈に存在するのだから、ある意味当然である。彼らにとって、ものづくりはシェア、売上、利益を生むための強力な経営ツールなのである。

日系、外資系双方を経験した工場系技術屋としては、日系メーカーは自社の技術・技能について、「心のよりどころ」のレベルに留めてしまうcraftsmanshipから全社的なシェア、売上、利益追求の戦略的ツールであるmanufacturing excellenceに経営層起点でシフトさせていくことが必要と考えている。そうすることで、外資系メーカーではそこらじゅうにいる「経営目線を持つ技術者」が日系メーカーにも増え、従来の強みであるcraftsmanshipとも相まってメーカーとしての独自の競争力も向上していくのではないだろうか。

本稿ではCraftsmanshipとmanufacturing excellentにおける品質や人材育成に関する考え方の違いなどにも触れたかったのだが、更に長くなってしまうので別稿に譲ることとしたい。【了】




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