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海外駐在をやりたい意識高い系のワカモノへ

私は就職氷河期世代の工場系技術屋兼中間管理職であるが、新卒で入社した酒類メーカーに在籍していた入社9年目から3年間、北米拠点の工場での駐在を経験した。それを通じて得た英語トレーニング法はこちら(海外駐在=英語と短絡的に勘違いしている意識高い系のワカモノはこちらを読んでください)。


駐在時は大した権限はないが割と上のポジションだったのだが、その後外資系メーカーの国内拠点に転職し、今度は外国人の下で働いていたため、私は「外国人が部下」、「外国人が上司」の2パターンの立場も理解している。

海外駐在といっても業界や会社、駐在先によって本当に千差万別であり、一般化出来る理論など何もないのであるが、本稿では当時の経験を振り返りながら、将来のある人たちにとって何か役に立つヒントはないか考えてみたい。酒類(=消費財)メーカー、北米という極めて限られた範疇での「個人の感想」に過ぎないが、「海外駐在をやりたい」と考えている意識高い系のワカモノ、特に工場系技術屋諸兄の参考になれば幸いである。

1.結論。駐在では職位が日本時代の±2~3階層広がる。準備を怠るな

色々考えたのだが、1つに絞れと言われるとこの点を挙げるべきだと思う。勿論他にも本当に色々あるが、語ると長くなるのでここでは割愛させていただく。

例えば、現在国内工場製造部に所属する若手工場系技術屋のあなたに関する職位階層が、「工場長ー部長ーあなたー現場長ー現場オペレーター」だとする。仕事の上では担当者として、頼りになる父親のような部長の指示・指導の下、経験豊かな叩き上げの現場長と一緒に現場を切り盛りするイメージであろう。現場オペレーターも熟練していて、設備や工程の隅から隅までを知っている。言うまでもないが日本語も通じる。多少の癖はあっても、皆真面目で頼れるいい人達である。そう言う人達に囲まれて、「あなた」は今の仕事をしっかり回し、改善し、高い評価を得ていることだろう。「若手のエース」とか呼ばれたりしてね。

表題のとおり、駐在すると私の経験では職位が最低でも現在の±2階層、下手すると3階層(工場長の上=本社生産統括部長もしくは生産担当役員)広がるイメージになる。何故か。

まずは職位の上方向への広がり。駐在は大抵、日本での職位より上のポジションで赴任する。担当者の「あなた」は最低でも部長待遇である。日本の工場より規模の小さい拠点であれば、工場長が考えるような仕事まで平気で回ってくる。また、日本の本社から全社プロジェクトとして生産拠点再編を検討しろだの新たなサプライチェーンを構築しろだのと言ったネタが降ってくれば、工場長どころか本社生産統括部長・生産担当役員としての立ち回りである。まあ、そういう「上の仕事」でも、駐在を任されるような人なら何とかなるだろう。将来の予行演習と思って頑張ってください。「”上の視点”を持っている」と誰かに評価されてしまった人が駐在に選ばれるのである。やれば出来る。出来なければ「評価した誰か」のせいである。

続いて職位の下方向への広がり。私が駐在時代に最も困ったのは、ズバリこれである。私は所謂「オペレーターから入った現場の叩き上げ」ではなく、日本では「現場を熟知した、頼れる技能職」のサポートを常に必要としていた。彼らとの経験を通じた多少の知識はあっても、当然2階層下=現場オペレーターとしてやれるようなスキルも経験もない。だが、駐在先では日本で私をサポートしてくれた「現場を熟知した、頼れる技能職」など滅多にいないのである。基本的にホワイトカラーもブルーカラーも人の入れ替わりが激しく、生産工程を隅から隅まで熟知しようがない。全てのポジションがジョブディスクリプションに縛られており、「俺の仕事、資材を投入してボタン押すことだから」とばかりに本当にそれしかしない社員がデフォルトである。ユニオン(組合)が強かったりするとその傾向が特盛り状態になるため、日本人目線ではもう最悪である。

何か問題が起きても誰も工程を深く理解していないので、ほぼ0から調べると言うこともザラであった。ある時、工程調査をしていてどうしてもあることが分からず、現場の人に聞いても何も分からずで夜中の2時頃になってしまったことがあった。「日本だとこの工程のここがどうなっていたかが分かれば解決するんだが、どうしても思い出せない…」「はっ!そういえば日本は今昼休みじゃん!」と思い立ち、日本時代にお世話になった現場メンバーにダメ元でメールを飛ばして相談したら、偶然メールを見てくれた一人からすぐに返信が来て助かった、と言うことがあった。今ならZoomなりTeamsなりですぐに誰かに相談して終了だろうが、あれは嬉しかったなあ。Yさん、ありがとう。今でもよく覚えています。でも、「俺の仕事、資材を投入してボタン押すことだから」の現地の人達に囲まれた環境で結果を出さなければならない駐在にとっては、これは本来禁じ手なのである。現地の人達だけでもきちんと回せて、改善を続けられる体制を作るのが仕事なのだから。日本で「若手のエース」で天狗になりかけていた私は、地球の裏側で完全に鼻を折られたのである。

もしあなたが今日本にいて今後駐在をやりたいと思っているのであれば、部下の仕事だからと言って熟知するのを怠ってはならない。自分でも部下の仕事が出来るようになる、位の意気込みで現場を観て技術・技能を習得しておいて下さい。きっと役に立つことがあります。

もしあなたが既に駐在してしまっており、しまった!と思っているのであればもう遅い。私と同じように鼻を折られてきてください。帰国後に現場を見る目が変わります。

2.それでも得られるものは多い

優秀な「若手のエース」でも、なかなか日本のように思い通りには行かない。土俵が変わるのだから当然である。

自分が慣れた環境から離れて四苦八苦することで得られるものは多い。消費財系の駐在の場合、日本とは全く考え方の異なる市場があり、それに引っ張られて全く考え方の異なる工場も存在することを身を以て理解できる。また、仕事を通じて日本と色々比較することで、ビジネスとは何か、技術とは何か、国や文化を跨いだマネジメントとは何か、仕事・キャリアとは何か、更には家族とは何か、と言ったことを自然と複眼的に考えるようになる。何より(どこの国に行ってもそうだと思うが)、職業人として、或いは人間として、果たして自分は何者なのかと言う、恐らく日本では滅多に正面から考えることはない命題を公私ともに常に突き付けられる。一言で言うと、人生観が変わる。得たものは本当に多かった。駐在させてくれた会社には感謝の念しかない。

若手が海外駐在をやりたがらない、と言う話を聞くことがある。折角会社が費用を掛けて人生を広げてくれようとしているのに、本当に勿体ないと思う。駐在は、帰国すれば今度は会社が駐在中に自分に掛けてくれた費用の何倍も会社に貢献出来る人材になれるチャンスなのである。尤も、私のように帰国後転職してしまわなければの話だが。【了】



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