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毒を注ぐ④

離婚の手続きを進めながら不倫相手の女の身上も調べた。そこから浮かび上がったのは、女は悠介以外の男とも定期的にあっているということだ。

「この人は、前の会社の人ですよね。あなたとトラブルがあった上司の方。関係が奥さんにバレてあなたは退職処分を受けたと聞きました。まだ関係は続いているのでは?」

「誤解です、」初めて野島は声を出した。

「奥さんの思い違いで、仕事を辞めることになった私を不憫に思って来訪して下さるんです。仕事に有益なスキルを教えて頂けるので会っているだけです。」

普通、退職後も会うだろうか。しかも関係を疑われた相手と。だが、調査結果は、限りなく黒に近いグレーだ。怪しくても決定打にはならない。絵梨は、言いたい言葉を飲み込んで悠介の方を向いた。

「ねえ、覚えてるかな。子供が欲しくてできなくて、不妊治療しようかって話したこと。お金が高額で絶対上手くいくという保証もなくて、期待して落胆するのを繰り返すなら自然に任せようって決めたこと。あの後、どうしても諦めきれなくて検査してもらった。自分が原因なら諦めようと思って。」

絵梨は、検査結果が記載された古ぼけた紙切れを悠介に見せた。

「検査結果はどこにも異常がなかった。医者からは、夫も検査を受けるべきだと言われた。私に問題がないなら、不妊の原因は夫にある確率が高い、とも言われた。私は、何度も検査を受けようと話したよね。でも、あなたは、もう話し合って決めたことだからと首を縦に振らなかった。何故だろうと考えて思い出したことがあった、

「大学時代、風疹がキャンパス内で流行ったことがあったよね。ワクチン接種の義務化が無くなったから、かかったらヤバいよね、って話したのを覚えてる。特に男性の場合、子種が無くなるからって。

「あなた、たしか風疹にかかって2週間ほど学校を休んだわよね?もし、そのことが原因であなたに生殖能力が無いのに子供が出来たとしたら、」

「それは誰の子なの?」

憶測でものを言うな!と悠介が叫んだ。野島は、言葉の意味をやっと理解したかのように蒼ざめた。同じように悠介も蒼ざめている。

二人の耳に毒を注いだ。疑惑という名の毒を。腹の中の子が誰の子なのか、産まれなければわからない。悠介は子供ができない原因が自分にあると果たして認めるだろうか。

離婚届にサインしながら、注がれた毒が二人の身に回ればいいと思った。全身に満ち蝕めばいいと願った。自分に注がれた毒は、すでに舌先から滴り落ちた。この毒が消える日はあるのか、今はわからなかった。

                                                                (終・再掲)



 





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