眠るまでの寓話

父が亡くなった。

私の幼い娘にとっては祖父だが、娘は初めて体験する人の死がまだわからない。死んだと聞いた時は、周りが泣いているのも相まって泣きはしたもののあとはけろりとしている。

姉の子は私の娘より二つ上で、姉の夫の父が昨年亡くなり人の死を経験している。そのせいもあるのか、父の枕元にいるときはずっと啜り泣いていた。

娘は不思議そうに私を見上げて

「ねえ、どうしてひかるちゃんは泣いてるの?」

と聞いた。娘にとってお祖父ちゃんは動かなくなってしまったことしか理解できていない。まだ、娘は人の死が失うことだと理解していないのだ。

言葉で説明するのも難しくて、私は黙って娘の頭を撫でて抱き寄せた。娘は大人しくされるがままになっていた。

父は焼かれて小さな箱に納められた。この中にお爺ちゃんはいるのだと言っても娘は納得していないようだった。ただ、自分を抱き上げてくれたお爺ちゃんはもうどこにもいないのだということは悟ったようだった。

同じ土地に二世帯住宅を建て、我が家同然に行き来し暮らしてきたせいもあり、娘にとって父の死は自分の生活から何かが欠け落ちることだったのだろう。

寝床で不意に

「人は死んだらどうなるの?」

と聞いてきた。

「お星様になるかな。」

と私が言うと、お爺ちゃんはお星様になったのかと問う。

「どれがお爺ちゃんの星かわかるの?」 

「一番光ってる星かな。」

と私は答える。お空から美羽のことをずっと見ててくれてるんだよ、と月並みなことしか言えない。

娘は黙っていたがぽつりと言う。

「ママも死ぬの?」

私はそうだと言いかねて、美羽のそばにずっといるよと答えた。

「先生がね、死んだ人はみんなの心の中にいるんだって言ってた。」

どっちが正しいの?と言いたげな顔にどっちも本当だよ、と言ってやる。

「美羽がここにいると思ったところにいるんだよ。ママはお星様の中にお爺ちゃんがいると思うし、先生は心の中にいると思う。どっちも当たり。いて欲しいところにいるんだよ。」

娘はわかったようなわからないような顔をしたが、やがてあくびを漏らし目を閉じた。

「ママも死ぬの?」とは幼い頃私が母に聞いた言葉だ。失う怖さに子供ながらに怯えて。母が何と答えたかは覚えていない。

娘もいつの日にかいずれ自分も死ぬ運命にあることに気づくだろう。人に生まれるとは、なんと残酷で儚いことなのかと思うだろう。

今はそれがわからなくていい。いずれ知ることになろうとも、それまで自分の命を精一杯生きてほしい。

退屈に思える繰り返しの毎日が自分を守り生かしているのだとそのうちわかるだろう。その中でたくさんの人に生かされていることにも。自分に他の人を輝かせる力があることも知るだろう。

今はまだ眠ればいい。明日また目覚めるために。お前にはまだ明日があるのだから。




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