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不機嫌狐は用心棒?7

夏の暑さから解き放たれた夜、侵入者が音もなく中に忍びこんだ。三郎丸は布団の中でその気配を感じ取ると、襖の陰から様子をうかがう。

これは鼠や猫の類ではない。人間だ。昼間、警官が言った空き巣なのか?

ごそごそと冷蔵庫や戸棚の中を漁り、パンやら果物やらすぐ食べられそうなものを見つけては口に頬張っている。

電気をつけて「何者か!」と一喝すると、空き巣は「ひっ」と情けない声を出して逃げようとして転んだ。打ちどころが悪かったようで足を抱えてうんうん唸っている。

たとえ空き巣とはいえ、直接人間に手をかけることは禁じられている。だからこれは三郎丸の失態ではない。泥棒がバカなだけだ。

「腹が減って我慢できませんで。どうかお許しを、お許しを。」と蹲る泥棒を前に三郎丸はため息をついた。聞けばギャンブル三昧で職を無くし住むところも追い出され金もないようだ。背に腹は変えられず空き巣を試みたがうまくいかない。第一金の隠し場所が見つけられない。その道のプロとはわけが違う。

何軒か繰り返しているようで見過ごすわけにもいかず、警察に突き出した方が本人のためかと思案していると、急に「うっ」と呻くと体を震わせた。どうやら喉にパンを詰まらせたらしい。一気に飲み込んだものだからパンが喉で膨らみ気道を塞いでいるようだ。

あわてて三郎丸は背中を叩いたり後ろから抱きかかえて鳩尾のあたりを持ち上げたりした。こればかりは術ではどうにもならない。そんなことを何回か繰り返し、空き巣は口からパンを吐き出しゼイゼイと呼吸をした。思わぬ力仕事に三郎丸も疲れ果てていると二階から高い悲鳴が聞こえた。

「姫様!」

鋭く叫ぶ田ノ上の声に急いで駆け上がると、窓から姫を連れ去る黒い影が見えた。夜の中を滑るように逃げて行く影を追いかけたが、影は四散しあちこち飛び回りやがて消えた。

呆然とする三郎丸の隣に田ノ上が立っていた。見れば左腕から血を流している。

「姫様は?」と聞かれ三郎丸は忸怩たる思いで首を振った。田ノ上はふうと息を吐くと三郎丸に告げた。

「ご安心を。全て企て通りにことは運んでおりまする。」




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