第5章:高橋名人が語る“愛の波動”とは

「秀吉さん。遅れてすいません。実は覇王さんと偶然に出合っちゃって」
家康は信濃路のテーブルに座るなり秀吉に謝罪した。

 秀吉との合流先は鶯谷駅前の信濃路。鶯谷の居酒屋の名店だ。2045年の今、これだけ寂れた居酒屋も珍しい。鶯谷も2030年代からの都市開発で信じられないほど洗練された街となってしまった。そんな環境下においては、信濃路は天然記念物的なスポットといっていい。

「覇王と会ったのか?」と秀吉がきいた。
「そうなんです。萩の湯で。それで、覇王さんの独特のパパ活セオリーを頼んでもないのに聞かされちゃって」と家康は一杯目のビールを飲みながら言った。「覇王さん、愛による女性の救済だ、とか言ってましたね。パパ活マーケットを効率化するだとか」
家康は簡単に覇王が僕たちに述べたことを秀吉に説明している。

 僕は焼酎の梅干し入りを頼む。健康。健康こそが2045年のキーワードなんだ。科学により人類は不老不死に近づいている。アンチエイジングは科学の進歩のおかげで、より実践的で合理的なものとなっている。梅干しに含まれる植物ポリフェノールの一種「梅リグナン」には強い抗酸化力があるのだ。

 秀吉は覇王とも面識があるようだ。やはり裏のインターネットビジネスの世界は狭い。
「覇王はパパ活の覇王でもあり、同時にブラックアフィリエイトの覇王でもあるんです」と秀吉は僕に言った。
「ブラックアフィリエイト?」と僕は聞く。
「そうです。アフィリエイトの手法にも色々あるんです。検索エンジンをハックして不正に検索で上位表示をさせる手法がブラックアフィリエイト。覇王はその手法を駆使してかなりの金額を稼いでいるんです」
覇王は「商人の矜持」と言っていたが、やはり単なる善良な商人ではなかったのだ。ブラックアフィリエイトで大金を稼ぎ、それをパパ活で使い女の子を救い同時に自分自身も救済される?全く意味が分からない。僕は首をふった。

「それより本題に入ろう」と僕は言った。「今日は仕事の話だ。まず、なぜコンテンツ販売なんだ?エロ動画制作なんだ?今でも君のビジネスは順調なはずだろ。なぜエロ動画制作のマーケットに参入するのか?そしてどうして僕に家康と組ませるんだ?」

「意味などありません」と秀吉は言った。「人生の要諦は運を最大化することです。真の実力とか、そんなフワフワしたものは幻想です。人事部の面接のプロだって人を本当に見抜くことなど原理的に不可能なんです。運なんですよ、全て。ではどうやって運をつかむか。運をつかむには、何度もサイコロを振り続けることしかありません。上手くいくこともあれば失敗することもあります。だってそれが運ですから。それなら・・・・成功への唯一の道は、誰よりも多くサイコロを振ることじゃないでしょうか。たまたま当たったものに次に大きくベットする。そうすれば誰でも大きく勝てる」

 今まで秀吉とは何度も話してきたが、秀吉の仕事の話なんてしたことがなかった。秀吉は部下の家康の成長のために語っているのだろうか。それとも僕に向けて語っているのだろうか。店内は貧乏そうな学生や出世街道から明らかにはずれたサラリーマンで賑わっている。蒸し暑い店内。家康は汗だくでビールをおかわりする。

「自分の商品を持つことです」と秀吉は続けた。「売るのは、自分ではなく商品なんです。自分を売ってもマーケットサイズは限定的です。小さな世界。サラリーマンは自分という商品を自社という小さなマーケットに切り売りして、常識的なサラリーマンらしい常識的な対価を得ます。常識的な仕事をした結果の常識的な稼ぎ。退屈な日常。でも自分が保有する商品があれば、マーケットは飛躍的に拡大します」

「大丈夫です、秀吉さん。僕にはかえる先輩のサポートがあります。それに・・・」
 ふんふんと秀吉の話を肯いて聞いていた家康が言った。「僕には力強いメンターがいます。商品作りのプロフェッショナルな人です。高橋名人という人です」
「高橋名人?ゲームの?」意味が分からず僕は質問する。
「いえ。高橋名人は熱帯魚育成の名人なんです。僕、熱帯魚が趣味で高橋名人のショップで頻繁に買うんです。そこから仲良くしてもらって」
熱帯魚?熱帯魚なんて儲かるんだろうか。家康がいうには、かなり成功していて事業は順調だという。なぜだろう。熱帯魚屋なんてネットでもコモディティな商材のはずだ。密漁でもしているのだろうか。

 実はこの酒席に高橋名人を呼んでいると家康は言った。パパ活の覇王の次は熱帯魚の高橋名人か。今日はインターネットの怪人のバーゲンセールなのだろうか?家康らしいフライング気味の段取りだが、酒の席だ。まあいいだろう、と僕は思った。それに熱帯魚でビジネスを成功させる方法が全くイメージできなかった僕は、高橋名人のビジネス手法にも興味があった。20分ほど3人で雑談していたころだろうか。高橋名人がやってきた。

「あ、家康くん。どうもどうも。待たせたかな」と陽気に席に着き、秀吉に挨拶する。
 僕を目にすると「かえるさん、お久しぶりです」と高橋名人は軽く頭をさげる。
「すいません。どこかでお会いしていましたか?」
「かえるさんは恐らく覚えていないかもしれません」と言い豪快に笑う。
 どこで会ったのだろう、たしかに過去に会ったような気がする。だが思い出せない。

 100キロはあろうかという巨漢。日焼けした肌。白い歯。陽気なただずまいと高いテンション。ポロシャツに半ズボン。熱帯魚の郵送業務以外は暇な時間が多いのでテニスばかりしていると笑う。高橋名人は3年前まで地方公務員をしていたが、副業の熱帯魚ビジネスが成功し役所を辞め本格的にインターネットビジネスを始めたと僕たちに説明した。高橋名人はタバコを吸いだした。僕は驚いた。この2045年の東京で喫煙のできる飲食店など皆無だ。でも高橋名人は意に介せずタバコの煙をくゆらす。
「高橋名人が販売してるのは、飼育方法が難しい希少性の高い魚なんです」と家康が高橋名人に代わって説明する。「だから強気の価格設定でも売れるんです」
 高橋名人はビールを飲みながら軽くうなずく。
でも高橋名人は熱帯魚とは縁もない普通のサラリーマンだったはずだ。特殊な飼育ノウハウなんて持っていないはずだ。

 家康がまた説明する。もともとは熱帯魚販売の顧客である家康が今や名人の熱帯魚の熱烈なセールスマンのようだ。「名人の自宅の水槽の中だと育成が難しい希少魚が不思議とスクスクと育つんですよ。それをメルカリで売る。お客さんの水槽ではすぐに熱帯魚が死んじゃうんですよね。だからすぐにリピート注文が入る。そこがビジネスの肝なんです。まあ、それで僕も名人から何度も注文しているわけですが・・・」と家康は笑う。「実際に名人のお宅にお邪魔したこともあるんです。僕は名人の自宅に並んでいる水槽を観察しました。特別なものは何もないんです。いたって普通の熱帯魚好きの部屋そのものだったんです」

 魔法の水でも入っているのだろうか。僕は高橋名人に聞いてみる。「なにか特別な飼育方法をしているんですか」
「何もしてないですよ。ただ熱帯魚をいつも見つめているだけです。僕は地方公務員をしていました。退屈で愛のない日常業務。僕は愛のある仕事がしたかったんです」と高橋名人は答える。高橋名人は陽気で直観型、右脳タイプの人間にみえる。熱帯魚の文献を研究して斬新で科学的な飼育方法を発見するタイプにはとてもみえない。その対極のタイプだろう。
「水槽を見つめ続けるんです。愛の波動を送るんです。まず、1秒間を16のシークエンスに分割します。そのシークエンスに周波数が微妙に異なる愛を送りこむんです。愛の立体化です」と高橋名人は説明した。

愛の波動?

脳内ログイン

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神になる方法について考えましょう

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朝っぱらから何言ってんだ。寝ろ

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基本こんな事考えるより
勉強して運動して技能や知識鍛えた方が意味あるし社会的にも評価されます

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能力を得ようとするのは否定しませんが
さらにその上の存在になるのは高望です
現実を見ないと何も得られませんよ
人間は現実からしか出発出来ないからです

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昔はエロ画像うpするとネ申になれたな…

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しこれば賢者にはなれる

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物を作れば作成者は神。
物語やゲームを作ったなら、登場人物の生殺与奪は自由であり、
プログラム言語を作っても、絵を描く時だってそう。
何かを作れば、その範囲内で君が神であることに間違いはない。

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小説?
秀吉は何の話をしているんだ?

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(フリーズ)

 僕も秀吉もオカルトでスピリチュアルなものには興味がない。しかし実際に水槽を目にしている家康は主張する。「そうです、名人の愛の波動が魚を成長させているんです」
 何らかの偶然の産物なのだろうか。例えば何らかの異物がたまたま水槽に入った。それが奇跡的に熱帯魚の生態とマッチした等のケースだ。何らかの偶発的な要素が原因だろうが愛の波動が原因だろうが、この際どうでもいいとしよう。

 それなら・・・この飼育方法に再現性はない。再現性がないだけにライバルも真似できない。競合プレイヤーの参入が難しいだけに販売チャネルはなんだっていい。お金をかけてスタイリッシュなネットショップを作らなくても、商品に独自性があればメルカリで充分だ。商品に力があってコモディティじゃないなら、売場なんてなんだっていい。Eコマースの知識だって不要だ。高橋名人はおそらくSEO(検索エンジン最適化)の知識もWEBマーケティングの知識も皆無だろう。コツコツとマーケティングの勉強なんてするタイプには見えない。高橋名人は2本目のタバコに火をつける。商品開発っていっても、ホワイトカラーのエリートビジネスマンが会議室で議論したってロクでもない商品しか生まれないだろう。神がかった一人の天才が画期的な商品を生むんだ。高橋名人も一種の変人なのだろう
。スティーブ・ジョブズのように。

 スティーブ・ジョブズは革命的な商品アイフォンの製品発表会でこう言った。「画面にはとても見た目のよいボタンを配した。思わずなめたくなるだろう」と。なめたくなるボタンを開発することに執着したスティーブ・ジョブズ。熱帯魚を愛の波動で眺めすぎて、水槽の水を魔法の水に変えてしまう高橋名人。

 高橋名人もインターネットが生んだ時代の奇形児なのかもしれない。チープ革命。素人革命。インターネットは多くの人々に自由を与えた。多くの人々はインターネットという革新的なツールをいかしきれない。ダラダラとスマートフォンをいじりTwitterで芸能人を叩いて留飲を下げるだけだ。でも秀吉や覇王、そして高橋名人のような一部の人間はインターネット革命によって組織や国家からの独立を果たした。彼らなら仮に国家が破綻しても容易に生き残れるだろう。

「この世で尊いもの。それは愛。そして友情です」と高橋名人が言った。

「高橋名人は商品づくりのプロフェッショナルなんです。だから高橋名人にエロ動画制作の監督とプロディースをお願いしたいんです。僕が男優をやり童貞を卒業します」家康が言う。思わぬ方向に話が転がる。マーチャンダイジングのプロとはいっても熱帯魚とコンテンツ制作は畑が違いすぎる、無謀だ、僕が反論しようとした瞬間に秀吉が言う。

「インターネットの商売人は嘘がうまい。世界一の嘘つきだ。俺の親父もインターネットの商売人で世界ヘビー級の嘘つきだった。ネット商売人が嘘をつくとき、それを示す17種類の仕草がある。ちなみに女の場合は20種類だ。それを知っていれば嘘発見器なんてお笑いだ。秘密を隠してるつもりでも俺には全部丸見えだ」
 秀吉は高橋名人を暗に否定している?でも違った。

「まあ、いいだろう。名人と家康で作ってみろ」
僕は戸惑いを隠せない。秀吉は僕を見つめて言った。
「かえる君はじっと家康を見守ってくれればいいんです」
「じゃ決まりですね!僕の童貞卒業を祝して乾杯しましょう」と家康はジョッキを握る。
高橋名人と家康は熱心に作品の構想について論じあっている。

 明日から出張にでるという秀吉。僕は秀吉の先日の発言が気になっていた。小説とは何の暗示なのだろう?最後に聞く。あの発言の真意を。
「かえる君に気づいてもらいたんです。現実とは何かを。自分自身の内面を観察してください。自分とは何者なのかを。仏陀に会ったら仏陀を殺せ。この言葉を覚えておいてください。」

【つづく】

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