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秋葉原通り魔事件「無敵の人」加藤智大と『デモクラティア』というマンガ

2008年6月8日、日曜日の午後12時33分、歩行者天国でにぎわう秋葉原の中央通りに時速60キロで突入する2トントラックがあった。運転していたのは加藤智大(25歳)で、トラックで通行人をはねたのちに車を乗り捨て、持っていたダガーナイフでけが人を救助していた一般人や警察官などを次々に刺した。死者7名、負傷者10名の未曾有の通り魔事件になった。

「無敵の人」加藤智大と「集団の叡智」

家族や職場などの人間関係が極めて希薄で、社会的地位もなく、どんな犯罪を犯そうとも、親族や友人などに迷惑を掛けることがない人物のことを「無敵の人」と表現することが増えている。『黒子のバスケ』の関係者に対する連続脅迫事件の容疑者、渡辺博史被告が裁判の意見陳述書のなかで使用したことで注目を浴びているキーワードだ。

加藤の生い立ちや事件の経緯から、加藤智大も「無敵の人」と言われているが、『デモクラティア』には、加藤をモデルにしたと思われる瀬野というキャラクターが登場する。「ヒトガタ」と名付けられたアンドロイドが、「無敵の人」瀬野との関係を描くストーリーが『デモクラティア』ファーストシーズンの骨格になっている。そして、そのアンドロイドは、デモクラティアというウェブサイトを通じて集計される複数の参加者の「民意」でコントロールされる。

『デモクラティア』とは、 Democracy の語源になったギリシャ語で「人民による支配」というような意味らしい。第一巻のオビにはこんな紹介文が書かれている。

顔なき大衆の民意により行動を決定するアンドロイドが導く未来
・・・衝撃の民主主義サスペンス始動!!

人が人と1対1で向き合い、関係を持とうとするとき、リアルタイムに「集団の叡智」が活用されることはない。このマンガではそこに「ヒトガタ」という「民意」を集計して行動するアンドロイドをおいて社会との結節点とする。そして、ネットからの「集団の叡智」で社会問題に対処していくという実験をおこなう。「集団の叡智」は「無敵の人」の無差別殺人を防ぐことができるのだろうか。

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[ 引用:『デモクラティア』第1巻(小学館)21-22ページ]

ユートピアかディストピアか?

間瀬元朗は前作の『イキガミ』でディストピアを描いた作家だ。『イキガミ』では「生」の尊さを国民に実感させるために、国家が無差別に国民に「死」を与える。「死」を告知された人間が、残り24時間の「生」をどう生きるのかが様々なドラマになっていた。

物語としてのディストピアは人間の理性や科学技術の進歩を、非常に懐疑的に表現することが多い。進歩がもたらす負の側面をフィクションのなかに描くことで、現代社会に存在する矛盾を、よりわかりやすい形で表現する。そうしたディストピア的な世界観を、非常にリアルに表現し、社会に潜む様々な矛盾をあぶりだす作家が間瀬元朗だと思う。

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[ 引用:『デモクラティア』第1巻(小学館)25-26ページ]

インターネットと民主主義

今回、『デモクラティア』で間瀬元朗がテーマに選んだのが「民主主義」である。「民主主義」とは突き詰めて言えば、多数決にすぎない。多数決を用いることによって効率的に意思決定をしていくことが「民主主義」のコアコンセプトだ。

ただし、単なる多数決ゲームだからこそ、重要なのは「区分け」、要はセグメントをどう切るかである。歴史的・民族的な一体感がない切分けでは、多数決ゲームで政策を決定しても「民意」が満足感を得られることはまれだ。ジョン・レノンのように世界に国境がないと想像してみればいい。世界の政策が人口の多い国のイニシアチブのもとに多数決で決定されていく。それは楽園などではなく、多数決による理不尽な独裁と多くの人は感じるはずだ。20世紀に歴史や民族のことをほとんど省みず、極めて人工的に国境線が引かれた中東やアフリカの諸国では「民主主義」が逆に紛争を引き起こすことが多いのがその証拠だろう。

インターネットが「民主主義」にもたらす影響について2001年に書かれた『インターネットは民主主義の敵か』という本がある。

数多くの調査が、インターネットのような環境では集団分裂が発生することを示唆している。とりわけ興味深い実験では、集団のメンバーが各自の名を明かさずに会って集団アイデンティティーを強調すれば、分裂が一段と進むことが確認されている。集団の性格が明確にされ、同時に各自の匿名性が守られれば、分裂が非常に起こりやすくなることがこの実験から推測できる。以上のことはもちろんインターネット上での討議の典型的な特徴である。キャス・サンティーン著『インターネットは民主主義の敵か』より

自分にとって「心地良い」情報だけを集めるフィルタリングが、このような集団分裂の原因であると、この本の中で述べられている。一般消費財のように「情報」を嗜好品にしてしまうことで、社会の分断を加速してしまうインターネットが持つフィルタリング機能の悪い面が語られる。

この作品では1体のアンドロイドが、ネットで集約された「民意」によって動かされ、社会の様々な問題に対峙していく。アンドロイドが実行者になり、インターネットが集約した「民意」が「理想の国」をつくっていくのか、情報のフィルタリングによって「見たいもの」だけを見る「民意」が、ますます社会の分断を加速するのだろうか。

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[ 引用:『デモクラティア』第1巻(小学館)42ページ]

セカンド・シーズンで『デモクラティア』は老人の孤独死やヘイトスピーチの問題を取り上げている。こうした社会問題について、自分の意見を持っている人も少ないが、自分の意見を持っていて、反対の意見に耳を傾ける人はさらに少ない。実は、このレビューを書くにあたって、加藤智大が書いた『東拘永夜抄』という本を読んでみて、非常に驚いた部分があったので引用したい。加藤が東京拘置所で聞かせてもらえるラジオ放送について語っている部分である。

ラジオ放送は、バラエティ番組から、音楽、スポーツ中継、ニュースまで様々です。ただし、自分では選曲できません。逆に言えば、そのおかげで私は自分の知らない「世の中」が少しずつ見えてきているといえます。単なる娯楽ではなく、私にとっては成長の糧でもあるのです。
加藤智大著『東拘永夜抄』より

パソコンも携帯電話も駆使して、ネットの掲示板を利用していた加藤は、拘置所のなかで聞くラジオ放送によって、「世の中」が少しずつ見えてきていると語っているのである。情報のフィルタリング問題は根が深いと感じざるを得ない。

丸山眞男によれば、民主主義は常に進化の過程にある。インターネットが民主主義に与える影響に関心がある人、「集団の叡智」が社会問題を解決すると信じている人すべてに、『デモクラティア』をオススメしたい。

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加藤智大が、反省の素振りをほとんど見せずに、自分のことを淡々と分析し続ける、ある意味での奇書である。タイトルは同人ゲームの『東方永夜抄』からの1字変え。

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秋葉原事件について基本的な事実を知るためにはこの本が一番いいと思う。初めて読んだ時の感想は「加藤の行動パターンは永山則夫にちょっと似てるかも」だった。非常に小さい問題で、いい関係を築いてきた職場を放棄してしまう。社会関係資本を蓄積することができない人を、どのようにすくい上げていくかを考えるためには必読だと思う。

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 原書は2001年に発行されている。フィルタリングによって、情報を嗜好品のように消費することが民主主義にどのようなダメージを与えるかを既に予言していた。増刷されていないので、手に入れにくいが、今のほうがますます価値が上がっている気がする。



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