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『ルックバック』と過去を修正したい映画たち


藤本タツキさんの『ルックバック』を読んだ。『喪の途上にて』のような静かな癒しのある作品でした。

最初のページと最後のページに「Don't」と「in anger」の文字があり、これがオアシスの「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」からの引用だとわかります。2017年のアリアナ・グランデのマンチェスターのライブでイスラム国が自爆テロを起こして、22名の死者が出る大惨事になりました。オアシスの曲自体は歌詞を素直に読めば、男女の恋愛について語っているものなのかなと感じますが、このテロの後は、前を向いて、怒りにコントロールされるのはやめようという意味で、テロに対抗するアンセムのようになります。

だから、テロに対する藤本先生の姿勢がこのタイトルに込められているのでしょう。作品を読めばわかりますが、犯人のセリフで、テロとは「京アニ」事件を想定していることがわかります。

Twitterで『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の影響を指摘されてましたね。僕もそれは感じました。このタランティーノのカタルシス満載の映画は、もともと史実ではチャールズ・マンソンの仲間に殺されていたシャロン・テートさんなどが、架空の役どころのブラピが大暴れして、シャロン・テートが生き残る未来に変えられていました。史実を基に、あり得たもっといい未来を描いた映画で、そこに大きなカタルシスがありました。

スパイク・リーが『ブラック・クランズマン』で、まだまだ差別が残っていた1970年代のコロラドで、白人の警察署長が、黒人の潜入捜査官を雇ってKKK(白人至上主義者の団体)を摘発するという映画を撮りました。「こうだったらよかったのに」という過去の「いい意味」での修正主義映画です。タランティーノの『ワンハリ』はスパイク・リー『ブラック・クランズマン』に対するアンサーとも言われています。

この作品は、デジタルで発表される前提だったのでしょう、ページ数を意識せずに大ゴマをたくさん使って、キャラを包んでいる空気の変化を丁寧に描写しています。岩井俊二さんの映像を見た後のような感覚です。スマホで見られるマンガだからこそ、大ゴマを自由に使う演出がすごく効果をあげているように感じます。

こうだったらよかったのにという意味での過去の改変は物語が成しうる癒やしのひとつだと思います。だからこの作品も、テロに対する、こういう未来がありえたらよかったのにという藤本先生の創作的な癒やしなのかもしれません。


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