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短編小説「願い」



 これは私の反省文である。軽い気持ちで願いを叶えると、ろくなことはない。今後またそんな行動をしでかさないためのいましめとしてここに記しておく。時は一月の中旬。参拝による盛況さも去り、凪いでいる空に浮かぶ雲よりも変化の乏しい1年が、これから始まろうとしている神社で事は起きてしまった。



 先述した通り、神社というのは年末年始の盛況さを終えると、一部を除き静寂を極める。私は神社の瓦屋根の上で横になり、街の方角を眺めぼんやりとしていた。その場所は私のお気に入りである。力を使い人の目につかない様にすれば、これほど気持ちの良い場所もなかなかない。



 私がそんな堕落した姿でいると、1人の男性がこちらに向かってくるのが見えた。彼の着ている使い古されている茶色のダウンジャケットは、歩き方からして覇気のない持ち主によく似てる様に思った。彼が信心深くないことは私にはすぐにわかった。彼の心を読んでわかったことであるが、あろうことか彼は初詣に来たのである。



 彼は鳥居をくぐったタイミングでジーパンのポケットから5円玉を取り出した。裸銭である。その挙動1つをとっても彼のズボラな生活習慣が透けて見える様であった。そして彼は賽銭箱の前に到着すると、参拝の礼節を記した掲示物などは一瞥もせず、5円玉を賽銭箱に投げ入れた。そして、か細い声で願い事を呟いた。



 「私をこの国で1番有名な絵描きにしてください。皆が忘れられない様な絵を描きたいんです」その言葉を3回も唱えた。礼節はなってないが、その必死さからその願いに固執しているのを感じた。本来では御法度ではあるが、どうせ私は暇である。彼の願いを叶えてあげることにした。なに、バレなければ問題にはならない。私にはその力がある。



 ———「二度と勝手なことをするな。君はまだあの国の言葉をうまく理解できていない」どうやら私の目論見は甘かったようだ。私のしたことはしばらくして上司にバレて呼び出しを食らった。椅子に座った上司は何度も机を叩きながら私を叱責する。何でバレてしまったか、理由は簡単である。彼の絵が有名になり過ぎてしまったのだ。



 「いいじゃないですか。芸術なんて素人から見たら下手だと思う絵にすごい価値がつきますし」上司がそろそろ机を叩き壊すのではと心配になり、私は悪態を怒りの矛先を変えることにした。その作戦はどうやら成功した様で、上司は無言で机の引き出しを開けると、そこから一冊の本を取り出し私に投げつけてきた。



 「これが彼の絵が載っている本だ。これはあの国——いや、あの星で使われている教科書という物だ。学習する内容をわかりやすくするために、絵が載っているだろう?お前はあの星のこういった書物の全てをあの人間が書いた絵に変えてしまったんだ」上司の四つの目全てが、怒りの色をはらんでいた。



 私のしたことは、研究対象である星の住人達の知的レベルを著しく下げる働きをしてしまった様である。間違いない。上司が参考のために拝借したであろう教科書の絵には落書きが散見された。知的レベルの高い我々では決して行わない異常行動のサインなのだろう。私はただでさえ青い表皮が、更に真っ青になるのを感じた。その記憶を忘れないためにここに書き記す。

【プロピロターン星  調査員トモポポ・ポーン】




 

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