異語り　100　囁き

コトガタリ　100　ササヤキ

その子の左頬には少し大きめの痣があった。
赤みがかった薄茶色で、いびつなパックマンのような形をしていた。
頬の奥の方なのでそれほど目立つ場所ではないが、その子本人が痣を全く気にしていないからチラチラとよく目についた。

仲の良い子らに痣のことを話しているのを聞いたことがある。
火傷や怪我の跡ではなく、生まれつきだと言っていた。

とても活発な子で、男子と一緒に虫取りやキックベースをしている姿をよく見かけた。

その子には二つ上に兄がいた。
その兄の影響なのかその子の趣味かはわからなかったが、毎年夏休みの自由研究は兄弟揃って昆虫標本を作ってきていた。
その辺でよく見る虫ばかりだったが、綺麗な箱に並べられた虫たちはとても輝いて見えた。

５年生の夏休み、暇を持て余しふらふらと近所をさまよっていた時のこと。
虫取り網を担いだその子を見かけた。
今年も昆虫標本作るんだろうな
そんなことを考えながら、しばらくその子を眺めていた。

もう手慣れた作業らしく、特に苦労することもなく軽く網を振り面白いように虫を捕らえている。
でも、今年は集めたい虫が決まっているのか、捕まえてもなかなかカゴには入れない。
しかも、なぜか捕まえた虫は逃がすのではなく、じっと眺めたあと羽をむしり足元へと手放していた。

うわー、結構エグいかも
そうは思ったが、クラスの男子や自分の弟も似たようなことをやっているので、その子だけを責める気にはならなかった。

ただ、その子の横顔がやけにくっきり影を落としている気がして、そっとその場を後にした。

その年のその子の標本は、スズメバチ1匹だけだった。
ただし、そのスズメバチは各部位ごとに切り離され、図鑑などで見かける部位説明図のような状態にされていた。
男子や先生の受けは良かったが、女子は少し引いていたように思う。

そして、６年生の時。
その子の標本はオオカマキリだった。
前年と同様に、部位ごとに解体されている。
さらには腹の中から出てきたらしい線虫も一緒に箱の中に並べられていた。

さすがに男子の中にも引く子が出てきていた。
でも、当の本人はその箱を愛しそうに眺め、返却の時には頬ずりそうなほどうっとりと標本箱を掲げていた。

ちょうど前列の一番端の席だった自分からは、その子の表情が良く見えた。

いつもは薄く髪に隠れがちな頬の痣が、赤く染まったかのように鮮やかに浮かび上がっている。
さらには左頬の３分の１程に大きく広がっているように見えた。

いつもは少し開いただけのパックマンの口が、まるでその子の耳に語りかけるようにぱくぱくと動いている。

ヒュッと喉の奥がなった。

体が竦み、震えが来るけど目が離せない。

食い入るように見つめていると、唐突にその子がこちらを向いた。

にっこりと微笑むその子に苦笑いを返し、そのまま視線は机に落とした。

その後は特に接点もないまま卒業となり、道は分かれた。
でもあの時の影さす微笑みは未だに忘れられずにいる。