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異語り 105 乗り換え

コトガタリ 105 ノリカエ

20代 男性

朝起きると時々自分じゃないことがある。
もちろんそのまま別人として~ なんてことではない。
目を覚ました時に自分の部屋じゃない天井があったり、動かした腕に見覚えのない傷があったり、時には知らない女が隣に寝ていたりする。
驚いてぎょっとした瞬間、自分に戻っているのだ。

初めは寝ぼけたか、まだ夢を見ているんだと思っていた。
ある時、趣味の仲間に誘われて飲みに行った。
連れて行かれたのは飲み屋ではなく初めて会うAの家だった。
Aは一見ちょっと怖い雰囲気の人だったが、同じ趣味仲間ということですぐに打ち解けた。

飲み会は大いに盛り上がり、そのままみんなAの家で寝落ちした。

翌朝目を覚まして混乱した。
時々自分じゃないときに見る天井がそこにあったのだ。

同じアパートの他の部屋や、似ている全く別の部屋の可能性も考えたが、Aの腕の傷跡を見つけ確信した。

自分は時々Aとして目を覚ましている。

でも、その理由はさっぱり見当が付かない。
出身や生い立ちを聞いてみたが、共通点は何も無いように思えた。

不思議ではあったが、全く見ず知らずの誰かというよりは少し安心感も得られたので、気にしないことにした。


ところが、最近ちょっと不安になってきた。
目を覚まして正気を取り戻すまでの僅かな時間、自分はA宅の天井を眺め自分に戻ってくる。
戻ってきた時は大概自分も布団の中だったはずなのだが、既にソファーに座っていたことがあった。
また別の日には、寝る前に着た覚えがない服を着ている時もあった。

もしかして自分が目を覚ますもっと前から入れ替わっていて、相手(たぶんA)は自分の体で動き回ったりしているのだろうか?
……それはちょっと  嫌だ。


ある時所用で実家へ帰った際、顔なじみの寺の坊さんに声をかけられた。
「顔に剣がついている。何か気になることがあったりしないかい?」

これも何かの縁か? と思い、入れ替わりのことを聞いてみた。
お坊さんは少し顔をしかめ
「1度お祓いなり、縁切りなりをした方がいい。今は時間はあるかい?」
その時はもうアパートに帰るつもりでいたのでそう告げると、「じゃあとりあえず」と匂い袋のようなお守りをくれた。
「もしまた入れ替わるようなことがあったらすぐに来るんだよ。そうでなくても出来るだけ早く時間を作って寺にいらっしゃい」
しっかりと約束させられやっと解放された。

ただアパートに帰ると何となく忙しい気がして寺のことは忘れがちになっていった。

ある朝目を覚ますと、全く知らない場所にいた。
まどろみの中で見た景色はA宅の天井ではなく、どこか薄暗く狭い空間。
排ガス臭かったから車の中だったのかもしれない。

そしてちゃんと目を覚ました自分は何やら色々詰め込んだ鞄を背負って長距離バスのチケット売り場の前に立っていた。
鞄の中には、バール・のこぎり・かなづち・消毒液・パン。
何しに行く気だったのだろう。

さすがに何かやばい気がしてそのまま実家近くの寺へと向かった。

出迎えてくれた坊さんがひどく驚いていた。
鏡を見せられ自分も驚いた。
目は落ちくぼみ、ひどいクマが出来ている。
これ誰だ!? これついに自分自身にも戻れなくなったのかと本気でビビった。

すぐに本堂へ連れていかれ、数時間もずっとお経を聞かされ続けた。
そしてそのまま本堂で一晩明かすように言いつけられる。

大きな仏様に見守られた広い本堂に布団が一枚。
「火は灯しておくから気にせずに休みなさい、寝ても寝なくてもいいからとりあえず布団に入っているように」

その夜、結局自分は眠ってしまったらしい。
そして長く嫌な夢を見た。

今朝方見た狭いところから引きずり出され、藪の生い茂る森の中へと担いで連れていかれる。太い枝が伸びた木の下に放り出され数人の男たちに蹴られまくった。
もう体中痛くて動かないのに全くお構いなしに思い切り蹴られまくる。

朦朧とした意識が少し落ち着くと、あたりはシーンとしていた。
自分を蹴っていた男達はいなくなったようだ。
見上げた太い枝に何本も切れた紐が巻きついているのが見える。

体は動かない声も出ない。

「くそ……なんでだよ」

脳内にAの声が響き、荒い息遣いが聞こえる。
体が揺すられているような気もするが、もう何も感じない。

「おい! さっさとどけよ」

「くそっ 何で! 今まではいけてたじゃねえか」

ひどく焦ったような、怒気をはらんだ恨み節が続く



それも暫くすると静かになった。

気がつくと朝になっていた。
坊さんが顔を見るなり大きく安堵のため息をついた。
「もう大丈夫だよ、あとはこちらでやっておくから気をつけて帰りなさい」
何も詳しい説明はなかったが、なんとなくわかった気がしたのでお礼を述べてアパートへ帰った。

あれ以来入れ替わりはしていない。
なぜ? どうやって? など色々思うところはあるけれど、Aに会うこともなくなった。

ただ時々夢を見る。
草藪に寝そべり、太い枝を眺めているだけの夢。
枝には何本も切れた紐が巻き付いている。

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